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雑記45

 

ハスラーのパーツとライダーズスクール

   ガスケットが届いた。ピンのサークリップはちょっと作りが?ポートに関しては今日も有効な話は聞く事が出来なかった。やっぱり2ストはどういう物なのか難しいようだし、そもそもポートを眺めている人が少なかった。なかなかパワーアップはできない物かねえ。
   そう言えば今日行ったバイク屋が、例の試乗会での先導のバンディットだったのが判明。他にも二輪車安全運転大会の話など聞いて、なぜこの地方でバイクの運転教習があまり行われていないのか分かった。その人の言い分では、バイクの教習は主催者が公安委員会だが、教習施設は警察が持っていて、施設の使用料が発生するのでやれないんだそうだ。ここで対外的に練習を公開していないのは、そういう面倒な事はやりたくないのがあるそうだ。だからごくたまに行われる場合も、要望がある程度集まった時に、要望を出した人相手に行うだけらしい。そして要望主が集団だとまたヘソを曲げるそうで、個々人が何の関連性もなく警察に要望を出すというありえない事態しか想定していない。また事故時のケアや責任問題、そして運転が上手い人間が練習することへの抵抗があるらしい。
   これは東京都でのライダーズスクールでも言われる事らしいが、初心者相手のライダーズスクールでジムカーナまがいの走りをするのは良くない。言われるという事はそうやる人も多いんだろう。だがそういう場合に備えてか、練習にもレベルがあり、東京都では相当のレベルもあると聞く(私はやった事がないから知らないが)。技術伝授に出し惜しみは基本的にないと思う。が、この地方では、ライダーは危険でないレベル以上の運転技術は、逆に危険な走行を可能にしてしまうという観点から、あんまりやる気がないんだそうだ。ただ、この人がライダー全体に対して感じている大前提として「ライダーは全て危険な走りをしたがっている危ない奴等だ」というのがあるようで(そして警察も多分そうなんだろう)、お上とそれに属する人以外がうまくなって欲しくない感じを受けた。ま、実際何回飛んだとか、折ったとかを自慢する人もいるので(多くコケた人が危ないという訳ではない、念のため)、否定は出来ないが、そういう理由で試乗を短くゆっくりにしているとしたら残念な事だ。こればっかりはそういうライダーが現に存在する以上、否定できないのも事実だが。

    この問題に関しては、ライダーズスクールが安全運転にプラスかマイナスか、そのコストは見合っているかという考察をしてみたい。都はそれがプラスであると見た。一方こっちの地方はマイナスが多いと見た。確かにある程度以上の技術が欲しければ民間のスクールに行けというのはもっともな話かも知れない。講習会マニアという人たちが出てくる事は、それだけ見ると公費でアホな事しているように見えるかも知れない。しかし一方で普通のライダーさんたちが必要十分な技能を持っているかどうかは、残念ながら心許ない。特に昨今のハイパワーマシンなんかは、必要レベルがすでに異常に高い所に行ってしまう可能性がある(簡単に言うと動力性能が高すぎる。それを普通に乗れるようにセッティングしてくる技術向上は認めるけれど)。また技術には限界がない。仮にそういうマニアな人が来るとしても、練習内容を地味で安全方向の物にするなりの方法はあるんじゃなかろうか。
   またコストに関しては、やる気があるかどうかだけだと思う。そんな数字出るはずがないし、出たら困る。例えば私が一生無事故無違反だったすると、それをスクールとの相関関係など出しようがない。よっぽどスクール関係者が事故を重ねるなら問題だが、技術向上が安全運転に繋がらないとしたら、それは交通ルール教育が悪いとかじゃないか?ただ公益という意味だと、公費が一部の人に使われるという問題はあるかも知れない。そしてこれは楽観的な見方かも知れないが、技術向上はきっとモラルの向上ももたらすと思う。もし白バイ隊員などと話す機会もなく、走行に関してもアドバイスをもらえなかったら、我流で危険な運転でよしとしてしまうかも知れない。危険なことやって喜んでいるのは、私にはまだまだ技術が甘いだけなんじゃないか?と思えてしまう。が、そうでない人もいるかも知れない。まあイロイロあるけれど、ちょっと地方の心の狭さにはちょっと食傷気味。

   まあしかし私も技術向上などに関しては確かに少し疑問が出てきた。結局自分で感じる技術向上は、ある意味限界を上げなければ分からない部分があり、それはリスクの向上という部分も少なからずある。技術を向上させるなら、危険を上げるんじゃなくて、限界を下げればいいんだ、という考えがオフ車での練習であったりするはずだが、それとて実際にオンに応用しようと思えばなんらかの弊害がないとはいえないし。

 


CRのポート形状

   ネット上ではポート形状に関して決定的な情報が入手できないと諦めていたのだが、なんとホンダのファクトブックにCRシリーズのそれが載っているではないか!しかも細かい数値やら改良の仮定まで手にはいる。なんともありがたい限りだ。あとCRMとかNSRの情報も手に入る。
   さてポート形状だが、CR250を例に取ると、思ったよりもずっと精密に作られているのに驚く。例えば2000年前後のモデルでのポートタイミングの差を見ると、なんと下2桁ミリまで書いてある。多くても下1桁だと思っていたのでちょっとびっくり。普通の市販ストリートバイクもこの精度で上げているんだろうか?少なくともレーサーはそういう作り方をしているようだ(ポートをレギュレーション上触れない場合もあるし)。
   まずは排気ポートの傾斜から。これはYZ同様下に向かっていた。いや、ライナーから斜めに切ってある分、より傾斜がくっきりとしている。そしてポート面は掃気・排気は同一のようだ。またクランクケースリードバルブなので、ダイレクトポートが存在するのだが、そいつと掃気ポートも同一の高さになっている。また途中の年代から排気ポートがリブで2分割されるタイプになっている。それ以前は副排気ポートを併用するタイプ。ここらへんはリングが引っかからない限り上のポート幅を取りたいからのようで、ポート面積自体で見るとほとんど逆三角形になっている。いや、リブがあるタイプはそうだが、副排気ポートがあるタイプは台形、かな?掃気ポートに関してはほとんど変化はないが、あえて挙げるとメインポートが下死点に向かってより広がる形状をしている。とあるサイトでの解説では、これは低速トルクを上げるという話があるのだが、どうなんだろう?

   ただCRというのは純レーサーであるから、これを真似ると恐ろしく乗りこなし辛いマシンになる恐れはある。そこで参考になるのがCRM250ARなのだが、AR燃焼について簡単に言うとこういう説明がなされている。つまり2ストはパーシャル、低負荷での不整燃焼や失火がいけないので、排気と新気を混ぜてやって自己発火させて燃焼させてやると。その為のバルブなのだが、最大「ほぼ掃気ポートの高さ」まで排気ポートを塞げるとある。という事は「換気しない」という事を意味する。いや、現実には1次圧縮があるから、それでも掃気されるんだろうけど、例の反転掃気とかはあんまり期待できそうにない。また圧縮が非常に上がる(排気タイミングが下がる為)。もちろんそういう仕組みはTSにはない。またオフ車は緩慢燃焼でトラクションを稼ぐ設計らしいが、AR燃焼はその特性上急速燃焼になるらしく、各部がそれに合わされているようだ。
   ま、AR燃焼は使えないが、それでも排気ポートがいかに燃焼具合に影響するかは分かった気がする。ではTSはどう進めばいいのか?実はあんまりAR燃焼っぽい方向に進んでも意味がないんじゃないか?そう思う。というのはTS50の場合、パーシャルで不整燃焼領域を使う必要はほとんどないからだ。CRMだとスロットル全開で恐ろしい加速になってしまうかも知れないが、TSの場合加速は常にアクセルは全開なんだし。私の感覚としては、ノーマルでも6000rpmから9000rpm以外はほぼ使えない。確かにすごいノロノロ運転を考えないでいいかと言うとそうでもないが、それよりパワーバンドが10000前後まで伸びてくれた方が使い勝手としてはいい。じゃあ6000が使えなくなり、7000以上が実用になってどうかと言うと、これまたあんまり関係ない気がする。というのは、パワーバンド自体は3000rpmの幅があるからだ。
   もっとも、これはよっぽど乗れてないとオフではキツイかも知れない。最初はトライアル車的なチューンもいいかも知れない。が、2ストでトルクを稼ぐという設定がどういう事なのか私も今はよくわかっていない。NSR50で16馬力程度を稼いでいる場合、フリクション減少はさておき、トルク自体も1.2kg程度は出している。ノーマルのほぼ倍だ。そしてその時の低回転でのトルクも、決してノーマルに劣るという事はない。相対的に足りないだけだ。単純にパワーバンドがシフトしている訳でもない(そういうチューンがあるのかも知れないが)。

 


ポート加工

  行き過ぎたら戻れないので、イロイロ調べていたのだが、本格的に2ストのポートは秘密主義か実験主義のようなので、仕方なく私も控えめに加工していく事にした。で、加工道具だが、まず砥石系は目詰まりが速いので、やるとしても磨く程度です。ただダイヤモンド砥石は無理な位置でも削れてくれるし、形が豊富なので、細かいライナー部分の仕上げには使って使えなくも・・・で、メインはやはり回転ヤスリのツクシ型になりました。シャンクφ3mmのハイス鋼で、一本1000円なり、高い・・・こいつにミリテックをつけ、ついでにシリンダーをちょっと暖めて削ります。というのは、アルミは温度が上がるとすぐに軟化するらしいので、少しはいいかな?と。動力は電動ドリルで、フレキシブルケーブルで繋ぎます。が、こいつが安物で、すぐにベアリングとおぼしき場所から熱を持ったグリスが出てきます。しかも非分解式だし。まあ使い捨てだからいいんですけど。
    さて加工の方法ですが、初回はポートタイミングにはほぼ手を加えません。ただライナーの切り口とアルミ本体の間に隙間(段差)がある場合は、ライナーを削りますし、ライナーの切り口が汚い(ほぼ全て)部分も磨きます。それにより、多少はポートタイミングに関係してしまう場所もあるかもしれません。特にこのエンジンはポートが全開になってない部分が多く、そういう部分ではこころなしか余計に汚れが堆積しているように見えます。オイルなどが吹き溜まる、デッドスポットになっているようです。せめて磨いてやらねば。
   磨くと言えば、ポートも磨きます。特に排気スピードを稼ぐ排気ポートはエキパンとの段差も削るし、鋳型の痕も削るし、基本的に鏡面に近くする予定です。また排気ポートの横方向の切れ口は、シリンダーライナーに斜めに切られているので、これをより直角に近く広げます。というのは、ポート幅は広くても、そのすぐ後ろが狭ければ結局ガスが抜けないからです。
   一方吸気、掃気ポートは鏡面にはしませんし、物理的にも大変そうです。一応地肌はとるつもりですが。本当は流速がより低い掃気関係こそ磨いてやりたいんですけど、やれる限りといったところでしょう。ただインマニはガス気化を助ける為に、サンドペーパー仕上げにする予定。もしかしたらディンプルもつけるかも知れません。気化プレートをつけづらいので,そういう工夫で変わるかどうか。

   ところで今日はポートに関してGP出版のバルブタイミングという本を読みました、関係ある所だけ。が、やっぱり全然使い物になりません。確かにポートタイミングをクランクアングルで出してバルブ同様に考えたらどうか?という指摘はもっともなんですが、具体的な話はほとんどなし(ついでに、ちょっと言葉が足りない部分があって、そいつも気になった)。ただカムやバルタイとポートはどんな感じなのか、というの思ったとおりの解説でほっとした。
    まずポート形状の話からすると、ポートの横幅がカムで言うリフト量、高さがタイミングに相当します(掃気とか考えないで)。カムはバルブサージやジャンプを嫌って卵型になる訳ですが、ポートもリングの引っかかりがあるので、それほど無茶は出来ません。最近はより上を目指して、ポートにリブを立てて2ポートなり3ポートなりにしていますけど。で、カムは山の高さがほぼ流路面積になる訳ですが、ポートの場合開いている部分の面積全体が流路面積になります。その場合、ポートの形がオーソドックスな四角形だとすると、カム山にしてみると「物凄い立ち上がりが急で、まっすぐ上がり、頂点で尖がり、またまっすぐ下がる」ような形になります。また実用車に見られるような、おむすび型ポートは「立ち上がりが穏やかで、二次曲線的に上がり、おだやかな頂点を経由して(大抵のおむすび型ポートは最後でまた絞っているから)、また同じ感じで閉じる」形状が思い浮かびます。まあレーシーなカムとレーシーなポートは方向としては似ているという事になります。
    じゃあハスラーはどうか?こいつの排気カムは上の流れでは理解できない形状でしょう。「そこそこ穏やかに上がり、途中からまっすぐに上がり、頂点はまっ平らで、同じように下がる」という、まさに実用車のノーマルカムそのままの形状になります。うー、広げてエ。

   上でリブの話が出ました。高性能エンジンのポートはリブなしには考えられなくなりつつあります。リブじゃない場合でも、レーサーなどは「補助排気ポート」を開け始めにもち、流路面積を確保しています。またこの補助ポートには排気デバイスをつけやすいようで、そういう仕組みがよく見られます。一種のリブみたいな物ともいえなくもありません。が、このリブ、問題があって、「熱膨張で変形しやすい」んだそうです。2ストのシリンダーそれ自体が変形しやすい訳ですが、リブは形状が本当に剛性不足だし、排熱が悪いので、特に注意がいるそうな。で気が付いたんですが、ハスラーのピストンの当り、吸気ポートのリブの部分で起きています。当初ゴミかと思ったんですが、考えれば考えるほど、「リブ部分で削れて、なぜポート部分で削れないのだ(そっちの方がゴミは噛みやすいのに)」という答えを出すのは、リブの変形のような気がしてきました。実際ハスラーで使われているリブはここだけですし、ピストンが下でアタリがきついのとも関係ありそうです。
  そう言えば2ストのシリンダーは大抵にライナーが飛び出しています。スカートの保持のためでしょう。で、横の部分はポート通路になるために、抜かれています。簡単に言うとゲタの歯が二本出ている訳ね。本来シリンダーの剛性から言うと、ここは当然繋がっている方がいいそうで、ボーリングなどの時にはブリッジを噛ませて変形を抑えたりもするようです。また逆に、ここは熱で変形がきついという事もあるかと思います。特に水冷はクリアランス詰めるし、そいう訳で下の歪みがブリッジで出たと言うのは十分考えられます。興味があったらピストンをチェックしてみて下さい。
   また冷却に関して言うと、面白いシリンダーがあります。水路内部のシリンダー壁側がヒダになっていて、面積を稼いでいるのです。冷却水の循環やシリンダー強度との兼ね合いを考えると疑問もありますが、水冷も空冷同様冷媒に多く接触面積を取りたいという気持ちは伝わってきます。

 


紅茶話

   先日テレビで見ていたら、日本人の一年での平均紅茶消費量が100g程度という話が出ていてビックリした。え、そんな飲んでないの?私は朝昼晩プラスアルファと飲んでいて、年平均では恐らく2、3kgは行っていると思う。夏場はやや減るだろうけど。多分その100gも大部分はペットボトル飲料なんだろうなぁ。まあ私は緑茶を飲まないし、最近はコーヒーも飲んでないので、その分紅茶が多いのだが、それ以前に紅茶選択のまずさがあるような気がしてならない。私が主に飲んでいるのは、日東の「こくがある紅茶」という、ほとんど何のブランドだか分からない日常使いの紅茶である。一度「渋みがない紅茶」も飲んだが、こいつは量は多いが、あんまり好きになれなかった。ミルクを入れるには弱いのである。
   以前紅茶と英国本では有名な某氏の本で「英国人はほとんどミルク紅茶」という話があり、またあんまり高級茶葉の紹介をしていないので、 私はちょっと不思議に思った。なんだかんだ言って、あのカラフルな紅茶缶や飾られたパッケージは高級感があるじゃないかと。が、私はここ数年、ダージリンとか中国系とかフレイバーティーの類は買って飲んではいない。あれはやっぱり使えないと思うのだ。おいしくないか?と言われると、もちろんあれらの紅茶はおいしい。が、あんまりにも繊細すぎるのだ。
   が、時にはもう少し高級茶葉もいいかと思って、先日ヌワラエリアを買って来た。まあ実は値段の話をすれば、g単価が100円違うか違わないか、どっちにしろ紅茶は安い。で紅茶の封を切る。この瞬間にその紅茶の香りがパッと広がる期待の瞬間なのだが、実際いつもの紅茶の1.5倍ぐらい強く花(水仙とかそんな感じの)の香りが香ってくる(ヌワラはスリランカなので、系統としてはいつもの紅茶に近い。ダージリンはまた別)。が、こいつ、淹れてみると、なんか飲み応えがないんである。え、水?と思ってしまうぐらい。つまりほとんど香りを楽しむ飲み物なのね。
    確かに人間の味覚は香りや色彩に影響を受けるので、こういう茶はこういう茶で意味があると思う。でも、フルボディーのストロングティーに比べるべくもなく、ぐいぐい飲むようなお茶じゃない。ポット一杯作っても、飲むのは精精ティーカップ1杯という感じの飲み物だ。つまり消費量に結びつかない種類のお茶ともいえる。別に紅茶会社も消費量を競っている訳ではないと思うが、それでもこういうお茶は一週間に数回で結構と思ってしまう。ところが、スーパーなんかに行くと、こういうお茶が多いのである。例えばトワイニングス、数年前に缶をやめて紙パックにしてから、お求め安くなったと思うし、さかんにレディー・グレイのCMを打っていたが、アールグレイでさえ相当アレなお茶なのに、さらに紅茶とかけ離れた物を売ってどうする?あとティーパックはよく知りません。日本のティーパックは方向としてやっぱり高級方向を求めているようで、なんか飲み応えが少ないように記憶しています。

 


法治国家・人治国家

   先日北朝鮮問題に関する報道で、コメンテーターが「国家には法治国家と人治国家があり、北朝鮮は後者だ。文明国は法治国家であり、アメリカであり日本である。人治国家は独裁国であり、北朝鮮でありリビアでありイラクである。」という風な解説をしていた。私は法治国家という言葉は聞くが、人治国家なる用語は初めてなので、なんか違和感を持って聞いていた。人は法と対立しているのか?まあ大きく見るとそういう気もするし、コメンテーターが言いたいのは「独裁国家には理屈がない」って事だと思うのだが、ずっと気になってはいた。法は人を超えるのか、そんないい物か、実際にどっちが文明国なのか。
   そんなんで、やっと「徳治」という言葉を思い出した時はほっとした。そうだ、法治の対義語は私の中だと徳治だったんだ。礼が廃れて法が出来た、それが私の理解であって、独裁云々とは関係ないんじゃないか?独裁という意味にしても、いまどきカエサルやハバネロやヒトラー、象徴でない天皇のような種類の超法規的な存在なんかは現実には存在しない。いや、彼等にしてもタテマエとしては法に則って事を運んだという部分がちゃんとある。大日本帝国だって大日本帝国憲法というのがあったじゃないか。ドイツだってワイマール憲法とかあったんじゃないの?イラクだってフセイン大統領の信任投票があったはずだし。もちろん、その法を遵守するかどうかの問題はまた別にはあるけれど、仮にそれを守ったとしても依然として独裁者の横暴の危険は常にある。逆に独裁者だから悪いという事もまたない。確かに組織・国家の規模が大きくなれば、一人の人間がそれをコントロールしようとするには無理が生じる。レーニンにしろスターリンにしろ、ポルポトにしろ、それをやろうとして善意で虐殺なり粛清をしたんだろう。
   逆に法で選ばれて、法を守って運営されている国がはたして正しい方向を向いているか、これだって怪しい。結局今回のアメリカの大義名分は立たなかった訳だし(あの戦争が法律的にどう解釈されているのか知らないが)、イスラム法で運営されている某国は未だ危険分子扱いを受けている(でも人の国の油田開発に関してさえ口出しされるとは思わなかった)。

   国内問題に目を移そう。私が最近びっくりしたニュースが二つある。一つは薬害エイズ問題で起訴されていた医師が、心神喪失で審議中止になるかも知れないというニュース。もう一つはオーム真理教のサリン事件の教祖の審判が、やっと今ごろ終わるような問題だ。どちらも、被告が相当の責任を有しているのは火を見るよりも明らかであり、ちんたらちんたらやってる内に10年も経ってしまったり、被告がボケだしてしまっている。これが法治のなれのはてかと思うと、事件の直接の被害者でなくても情けなくなる。その間にも被害者は病魔に苦しみ、心理的に苦しみ、あるいは死んでしまっているのだ。
   確かに冤罪が絶えない現状では、はやまった結論を出すのが取り返しのつかない事になるのは分かる。しかし私の個人的な感想としては、そういう口実を作って作業を遅らせているだけに思える。もしくは、法的手続きが恐ろしく煩雑化して、法>人間になっているんじゃなかろうか?確かに法を簡単に壊せるようだと問題はあるんだけど、それが人間より上にあるかのような振る舞いには疑問を覚える。非人間的な法律がここまで偉そうだと、ねえ。大体法律って慣習法的な過去の判例からの量刑の決定の簡易化みたいな部分があるじゃないの。それがなぜ一般市民の日常部分で画一化・簡易化されているのに、こういう巨大犯罪に限って逆な訳?なんか一つの犯罪に関して責められる法的責任は何個とか言うのを聞いた気もするけれど、少なくとも極刑以上(海外だと懲役何百年とか聞くが、あれがも同じ)だったら、責任追及はさしあたっての判決の先でもいいでないの?
    あと極刑に関しても国際的な非難があるにしても、なかなか執行されてないという話も聞いた。学校のディベートなんかでもよく取り上げられる話題だけれど、これだけ死刑囚がいるはずの国で、事実上の終身刑止まりになっているのに疑問を覚える。どちらがより重い刑罰であるかとか、再び冤罪問題はあるのだが、もう一つ責任者が及び腰であるのが気になる。結局人が人を殺すという事は、誰かが責任を取らないといけない後味の悪さがあるんだろう。だったら死刑なんて廃止にすりゃいいんだけど、一方で凶悪犯を遺族の希望があるにも関わらずのさばらせておくのはおかしいようにも思う。一応判決で死刑ってあるんだしさ。

    で感じるのが、法治って言葉面はいいんだけど、要は責任者の不在だよね。非人格的な法律に責任を預けちゃって、責任を取る人がいない。確かに報道されているフセインのように、ばっさばっさとやっちゃうのは良くないとは思うけれど、ある意味彼は潔いとも思う。誰が死刑の責任を問われるかと言えば、もちろん彼自身だと認めるんじゃないかな?日本の政治家のように責任を外に求めたりしない。あんまりやけっぱちな判断も困るけれど、必要悪を遂行するという判断、超法規的措置を自分で行う蛮勇がありそうだ。
    あとはこの馬鹿長かった審理が有効にフィードバックされて、同じ過ちが繰り返されないように願うばかりだが、この種の審理は審理のためにあるというような、自己目的化している(そもそもそういう物なのかも知れない。私は詳しくないので知らないが)ので、期待は出来ない。

 


「バビロンに行きて歌え」読了

   ネタバレ注意:なるほど、現代のバビロンねえ。なぜかバビロン=エルサレムだと勝手に思っていたので、てっきり「砂のクロニクル」のようになるかと予想していただけに、ちょっと驚いた。だって最初の部分でのそれまでの粗筋があまりにも断片的だけれど具体的な事象なので、てっきりそうやって謎を残して、そっちに引きづり込ませるものだとばかり思ってしまったのだ。最近のテレビアニメなどの手法に毒されている自分に気が付く。この作品では、結構語られていない部分が存在し、それらは物語の中で再び語られ完結する物もあれば、そうでない部分も結構ある。まるで川の一部を切り取ったかのようだ。
    またこの作品には、各章が独立したように、各章で別の視点が用いられている。読み終わってから、これが連載作品であった事を知って、なんか納得した。じゃあてんでバラバラなのかと言うと、スタイルというか書き手の統一感というのは強く感じる。ちょっと意地悪く言うと、多方面から事象を描いている割に、それほど違った印象も受けない。それが意図的なのかどうか知らないけど、書き手のちょっと現実との間に距離があるようなスタンスは、緊迫したムードの場面でも、まるでモノクロフィルムを見ているかのような乾いた印象を抱かせる。それだけとっつきやすかった気もするし、清潔になってしまった気もする。

   が、私が書きたいのは、そういう読書感想文ではなくて、毎度のことながら「バイク乗りは誤解され、バイク乗りは傷つけられ、バイクは不安や危険のプロットのように扱われ、バイク乗りは孤独なアホのように書かれ・・・」って事だけだ。もう慣れたけどね。いや、実際そういう物かも知れない、社会から見たら。でも、この人がバイクに乗っていないのは分かる。そういう人がそういう風に書くのは・・・いや、よそう。そんな事言ったら作者はアラブで戦争せにゃならないし、SF作家は未来人じゃなきゃいけなくなる。彼なり彼女なりが、その想像の産物として異国人の目から現代日本、東京を捉えなおした技法に感心したなら、その程度はなんでもない話だ。
   この物語に出てくる奥多摩の(元だよね?)有料道路は私も二度ほど訪れているし、展望台というのも大体予想がつく。同様の道路はあちこちにあるが、首都圏から気軽に来られるという事で、確かにバイク乗りが集中し、結果事故も多いんだろう(俺もコケたくちだし)。どういう道路だったかはっきりとは思い出せないが、川岸や谷を走る道はアップダウンが少ない割にツイスティーで、走りやすかったように覚えている。でも小排気量を回さないで、どう乗れと?ラインをセンターライン基準で考えるだと?など、やっぱりイメージが先行するもんだなぁと思ってしまう。それが拡大再生産されて、それがバイクであると思って乗るライダーが増えて・・・
    

 


塩井の湯温泉

   市街地に何故か温泉があるを地図で発見して行ってみる事にした。いわゆる温泉街ではないようだが、こんなの見落としていたとは。それに泉質がここらではめずらしい「鉱泉」である。という事で行って見たのだが、なにせ大きい地図に載っていた案内なので、全然見つからない。10分ほど迷って諦め、昔ふるい温泉を見つけたように思っていた場所に行ってみる事にした。確か波打ったガラスを使った古い銭湯があったような。と思ったら、そこが「塩井温泉」だった。
   中も外と変わらず、と言うよりも、番台のおばあちゃんが一番すごかったかも知れない。ここには相当の常連しか来ていないのかも知れない。で、いつもなら、温泉には「成分分析」の書類があるはずなのだが、そういう書類はなかった。なので、成分の中身について詳しい事は分からなかった。手書きの効能書きによると、ナトリウムとか炭酸とかが多いそうだけれど。

   入ってみると、硫黄臭いはしない。最初は普通の温泉かと思ったのだが、一つ気になる臭いはする。ずっとその臭いが何か思い出そうとしていたのだが、分からなかった。なんだろう、特徴的なんだが。で、やっと気がついた。大阪の健康ランドのラドン温泉部屋の臭いだ。前も書いたが、ラドンは著しく不活性で臭いはしないはずだが、半減してよく分からない物になるし・・・・。カランからのお湯は相当熱くて、浴槽は心配したのだが、そっちは平気だった。いや、極端に入りやすい。入りやすいのに、なぜか自然に声が上がってしまう。浴槽は相変わらずどういう設計か疑うような深さで、肩まで浸かろうとすると半腰だし、途中の段差に腰掛けると肩が浸からない。深すぎないか?温泉から出てみると、これだけお湯に浸かったのに、汗がほとんど出てこないのにびっくり。タオルでひと拭きするとお湯が切れる。これがナトリウム温泉なのか?
   が、一番驚いたのは、風呂上りに自転車での帰り道、力が入らん・・・まるでぐてんぐてんに酔っ払っているかのような気持ちよさというか、脱力感なのだ。うーん、そんな長湯した訳でもないし、お湯も熱くなかった。何故だ?と思っていたのだが、段々炭酸温泉の特徴を思い出した。そう、バブなんかもそうなんだが、炭酸などのガスが含まれた温泉は、体表で膜になるらしいので、一時的には体感温度を下げる。が、あのお湯、実は結構温度があったんじゃなかろうか?軽く暖まっているつもりが、のぼせる手前だったのかも知れない。あと炭酸ガスが血行を促進という話も聞くけれど。そう言えば、あの臭いは炭酸ガスのような感じも・・・そうでなくても温泉は湯量が多いので、人が入っても温度低下は少なく、どの温泉でも体の温まり具合は大きい。ふーむ、これは中々気持ちいい体験だった。

 


いい道具は便利だ

   HSSのカッター、面白いように切れます。3000回転程度でもアルミ部分ならガリガリといけます。発熱は心配されたんですが、掘削油を注さなくても特に熱いという事はありませんでした。むしろミリテックを注すとゴミが詰まってやり辛い。3000回転程度だと油は飛び散らない。こいつで掃気入り口をナイフエッジ、ほどでもないがそこそこ削り、排気は皮を落として横部分を直角気味にし、段差をならした。そうそう、その前にポート形状を紙に写しておく。
   次にトイシ系で掃気・吸気ポートの汚れを取ったのだが、こいつは大変なだけだわ。すぐに詰まるし、焼きが入った素材は削れないし・・・・ただ3mmシャンクのカッターでもかなり小さい物を使っているので、これに合うカッターがあるかは分からない。次に磨きである。
   私はドラムシャンクを持っているので、そいつで削ったのだが、これが手で磨くのに比べるとすごい楽。それに交換ドラムの寿命が心配だったのだが、こいつがかなり高寿命で排気ポートを磨きまくって、掃気入り口、インマニ全部磨いてもまだ削れる。そしてへたったドラムにピカールを注せば、さらに仕上げに使える。ただこいつも3mmシャンクの奴でも磨ききれないので、本当はもっと小さいのが欲しい。磨いた感じとしてはしかしピカールでは鏡面にはならない感じがする。フェルトバフじゃないと無理かな。
   ポートタイミングに関してはこの程度だと全然問題なかった。さてキタコのガスケットを見てみる。ベースガスケットの色はカタログ(灰色)のとも純正(黒)とも違う緑色だった。厚さは若干だが薄い気がする。まあベースはノギスがないので情報が足りないのだが、ヘッドガスケットでは面白い事が分かった。まずガスケットには表裏があります。どうやって見分けるかと言うと、スタッドボルトの穴は正方形なり長方形の配置ではないので、はまるようにしか嵌らないんですね。普通に作れば異型にはならなそうなので、ガスケットに何か違いがあるのか?
   一つの違いはシリンダーに面する金具。こいつ、てっきり単なる輪金だと思っていたのだが、よく見るとシリンダー側は平面、ヘッド側は斜めになっている。なんか無駄に思えるのだが、きっとシール効果を狙って潰れるようになっているんだろうな。でも、ヘッド厚いなあ。キタコのは特にそういう気配はない。もう一つ気になるのは、ヘッドのセンターとガスケットのセンター。これが穴であわせると合っていない。幸いボルト穴の方は紙素材なので広げれば広がるのだが、普通加工が楽なガスケットこそ精度が高いという話からすると、なんだかなあ。2スト単気筒だとヘッドは割と簡単に加工できるようなので、こういう事もあるのだろうか(普通マルチエンジンの燃焼室は鋳型形成なのだが、こいつは削ってある)。素材は金属板をゴムっぽい素材でサンドしてある。これはダメになるまで使えるそうだ。
   また当然下のベースがスケットも方向がある。よく見るとこいつもガスケットがはみ出している部分があるので、カットしないと性能が無駄になる。もう少しガスケットの作り、どうにかならないかね。ただ、ガスケットが足りないのも同様に段差にはなるので、「余分な部分は切ってくれ」程度の気分かも知れない。事実ベースガスケットの精度は大抵の部分ですこぶる高い。で、ヘッドは熱歪みの危険性があったし、ガスケットがこびりついている部分も多いので、軽く修整面研を施す。もちろん、そんなすごい丁寧な物ではなく、ガラス板とサンドペーパーを使う物だが、そこそこ綺麗に仕上がる。もちろん問題は綺麗かどうかではなく、ちゃんと平面が出ているかどうかだが、削ってみた感触からすると、かなり歪みは出ているようだ。どういう事かと言うと、先に削れるのはヘッド外側で、ライナー付近はなかなか削れない。ヘッドが浮いている訳じゃないだろうし、恐らく内側が歪むんじゃないだろうか?よく分からないけどさ。
    ついでだから、シリンダーヘッド側も綺麗にしてみた。こっちもライナー側が凹んでる。うーん、どういう事なんだろう?どちらもトータルで0.2mmも削ってないだろうな。サーモスタットハウジングのボルトは結局外れなかった。で、最後にピストンを削る事にした。いろいろ迷ったのだが、吸気側はやはりNSR50でもやってるように、ある程度広げる方が良いように思えたからだ。ところが、このピストン、とてつもなく硬い!鋼鉄のライナーよりも削れないのだからびっくりしてしまう。さすがハイシリコン・アルマイト、ミリテック加工のピストンは違うと言いたいのだが・・・で、吸気ポートが開き始める部分で、控え目に1mmほど削った。NSRのようなピストンリードバルブならもっと削ったり出来るのだが、この1mmにしても、ポート側での1mmと原理的には同じなので、相当広げたとも言える。一見ポートタイミングだけ変わったようだが、全開に出来なかった部分でも広がるという相乗効果が期待できるのだ。が、NSRの場合もリードバルブとの兼ね合いがあるそうなので、そこがどうなるかはやや心配でもある。

  ところで疑問なのだが、なぜハスラーのピストンバルブの方のポートはブリッジなんか使っているのだろう?剛性から言えば排気の方が問題大きいように思うし、書いたようにブリッジを使うまでもなく全開にならんポートだ。それにここにリブを入れるマシンなぞ調べてみたが見つからなかった。ピストンリードバルブですごい縦長のポートを作るなら分かるけどさ、これそうじゃないじゃん。それとも吸気をシリンダー壁に導く(オイル潤滑のため)ために変な形状にしているのだろうか?

  追記:ヘッドとシリンダーだけですり合わせて見ると、何故かライナー付近のアタリがキツイ。って事は、やっぱりガラス板じゃしなってダメだったという事だろうか?サンドペーパーを仕入れて再挑戦するか、そのまま組むか。どうせヘッド付近は多少キツイ方がいいんだけど(ガスケットが潰れるだろうから)。また忘れていて吸気を鏡面にしてしまった。もう一度サンディングドラムで削らなくては。またシリンダー壁をよく見ると、そこらへんのアタリがキツイのも分かった(クロスハッチが無くなっている)。ピストンスカートがキツイのはあるのだが、どの程度までシリンダーとのクリアランスを取っていいのか分からないので難しい。SMにはそういうこと、書いてないし。
   また組む時に使うオイルについても諸説がありちょっと困っている。シリンダー壁なんかはどんなオイル使おうがいずれ飛んでしまうのでさほど神経質になる必要はないと思うのだが、気になるのはスモールエンドベアリング。ビッグエンドやクランクベアリングは注油口から適当なオイルを入れるらしいのだが、それに関して「使う2ストオイル」というのが多い。私なんかは「どんなオイルでもいいんじゃん?もちろん性能がちゃんとしているのは絶対条件だけど」と言うスタンスなのだが、わざわざ使う2ストオイルと書いてあるのには意味があるのだろうか?さらにベアリングに関しては、直接オイルがそう飛ぶ部分にも思えず、つまり4ストオイルに粘度が高いオイルを入れてジャーナルをフローティングする位にしてもやりたいのだが、これってタブーなんだろうか?確かに燃え辛いという問題はまああるが、それは経験上それほど深刻だとは思われない。そもそも、そこらへんのオイルは揮発しなくなれば、どうせ粘度が高いのがかなり長いこと付着する訳だし。確かに循環使用される訳でもないので、逆に古いグリス状の物が付着していると逆に悪い気もするのだが・・・・

 


 

ハスラーの整備の写真

   文章中に入れると見づらいので、写真だけ

傷は吸気ポートのリブの部分に見られました。
まだ洗ってない写真です
吹き抜けはピストン回転横方向で多いようでした。
見て、このカーボン

 

ボトムデッドで掃気ポートが開ききっていません  排気ポートやシリンダートップを磨いたのが
分かりますね。

 

 

トップデッド。ほとんどトップに余裕なし ご覧のように燃焼室とズレがあるかと思われた
んですが、調整範囲内です。

 


ウィスキーいくつか

   今日もマフラーのカーボンが全然取れないので、何か探しに出たら、偶然入った酒屋がセールで、ウィスキーの小瓶をいつくか手に入れた。以前から気になっていたバーボンのアーリータイムズ、テネシーのジャックダニエル、スコッチのブレンディッドのJ&Bである。どれも一応有名なブランドなんだけど、なんか味がしない・・・もちろんストレートだと味はするんだけど、特徴もわかるんだけど、白州あたりだと20倍希釈程度でも甘い香りがプンプンしてくるのに比べて、なんの味もしない。2ストオイルに比べるのもどうかと思うが、「薄いと焼きつくオイル」と「何倍に薄めても平気なオイル」みたいだ。まあ活性炭吸着をするのだから、方向性が違うのは分かるのだが、飲んだ気分がしないので、なんかアル中になりそーだ>アメリカ系

  J&Bレアはスコッチなので、方向としてはジャパニーズに近い。なんでも世界で2番目に飲まれているスコッチだそうだが、確かに安い割に悪くない。でも薄めて飲むには2倍が限界、それに色が限りなく無色透明。結局どいつかどういう個性という話が、せいぜい「のびた」と「けんいち」程度しか感じられない。ポケットボトルをそのままくわえて、「うーん、結局こいつらはお菓子か」?確かにそうやって飲んで見ると、なかなか美味しいんだけど、ウィスキーとは違うような。試しに蒸留所の原酒でそれをやってみたら・・・やっぱむせる。まるでニッキとコショウを食べたかのようだ。確かに微妙にアルコール度も違うんだけど、そもそも薄める前の個性が全然違うという結論になった。という事で今度からシングルモルトに狙いを絞ろうかなーと思う。
   ところで有名なシングルモルトウィスキーというのだけでも相当な数があり、なおかつお値段もそうとういい。またそれだけの品揃えがある酒屋というのを私は知らない。で、思い出したのがミニチュアボトル。はたしてどうやって飲んだのか思い出せないのだが、あれはなかなか面白いし、試飲にはもってこいだ。スコットランドあたりだと、こいつが店先に何百本と売っているのを見たし、何本かパックになったのを買って楽しんだ覚えはあるのだが、日本でそういうのを扱っている所があればうれしいのだが。

追記:バーボン、うめえ。まるで高濃度の液体のチョコレートのようだ。

 


マフラー焼いた

   マフラーは溶剤だとさほどカーボンは落ちなかった。つうか、汚れは色としては出てくるのだが、カーボンは全然減らないように見える。で、古典的な手だが、焼いてみる事にした。ただバーナーが小さすぎた。パイプが開いている部分から見ていると、まず油まみれのカーボンが「沸騰」しだす。その時に白煙が出る。それ以上焼いていると、今度はカーボンの部分が赤熱しだす。この段階だと煙はさほど出ない。この状態になると、カーボンは叩いてポソポソ落ちたりするのだが、問題はそこまで加熱するには相当時間が掛かるという事だ。ガスボンベのバーナーだと一点加熱(半径2cm弱)で3分程度だから、全部焼こうと思ったらえらいことだ。またエアポンプで空気を送った方がいいそうで、盛大に白煙が上がるから、意味はあるのだろう。少し前なら焼却炉なぞあちこちにあったのだが、昨今のダイオキシン騒ぎでそういう真似はもう出来ない(キャンプファイヤーすればいいって?)。また車で効果あったフューエルクリーナーも入れてみたのだが、臭いはすれど取れている実感が薄い。グラスウールが吸ってるのか?
   まあそれでもカーボンが剥離しやすくなるのは分かったし、どのみちチャンバー内部はどうせ取りようがないので、エンドのパイプ部分とエキパイ出口を中心になんとか取る事にした。パイプクリーナー棒でも買ってこようか?ガソリンも試してみようかな?またエキパイ入り口に関しては元々それほど汚れは溜まってなかった。出口は絞られたコニカルヘッダー状態なので、そこには溜まるのだが、その先ではほとんどカラカラなのだ。やはり排ガスの温度で最初はそこそこカーボンが飛び、冷えだすテールエンドで付着するのか?
    エンジンは今組みの途中なのだが、まずガスケット類にグリスを塗って組んでみる。リードバルブだが、先にステーを付けて段差がないようにしないといけない。考えてみると振動でのボルト緩みを嫌って過剰なトルクだったのかな?グリスを塗って組む。シリンダーはちょっとハッチを切って、ピストンピンは冷しておく(ピストンのピン穴ってキツイから)。また固着気味だったノック穴の汚れも軽くさらっておいた。不必要にエンジンを開けたい訳ではないが、まあバラス時には楽にこしたことはないし。

   ところでマフラーの塗装だが、すでにバーナー程度で落ちるほどではなかった。温度から言うと、2ストのエキパイはそれほど高温になるようではないので(事実エキパン中央から後ろはいつでも素手で触れる)、特に耐熱である必要を認めない。後で普通のラッカーで塗装しようかな?フランジ周辺はどうせ耐熱布巻いちゃうんだし。

    また気になるのは、エキパイガスケットとエキパイの段差。シリンダー側のフランジの段差は今回ならしたが、エキパイ側は不思議な構造だった。凹みがガスケットと合わないので、密着はガスケット自体の変形に頼りっきりなのだ。本来なら、一回り小さいガスケットを入れて密着させると思うのだが、その穴らしき部分には別のシールと思しき素材の断片があるだけで、逆に凹みになっている。デプコンでならすか?使い古したガスケットを見ると、一部分が凸になってその穴に広がるかにも見えるのだが・・・・
    ガスケットの厚さはヘッド1mm、ベースが0.35mmと言った所だ。市販されている一番薄い部類と思しきベースガスケットで、ベースガスケット交換によるポートタイミングダウンは無理のようだ。逆に上げる方向は相当余裕があるという事でもある。そもそもハスラーの圧縮比は初期型で8.6もあるのだから、1mm程度上げてもやっとNSR並でしかない。高回転は伸びそうだ。が、先日このバイクの回転が6速10500程度で頭をうったのを見て思い出したのだが、仮にこのエンジンが16000回転回るとしても、リミッターが解除されていなければ回るはずが無い。え?リミッター解除してないのかって?そりゃしてありますよ。スピードリミッターはね。でもそれはレブリミッターではないらしい。昔バイク屋のオヤジに「リミッターカットは2種類ある。お前のキタコの奴は、確かレブまでは解除していない」といわれた気がする。そもそもハスラー系でレースをする人がいないので、CDIの違いとか選択というのは絶望的な状況なのだが、NSR系では改造して何千回転も上にパワーバンドがシフトした時に、それをカバーするCDIが必要になる。つまり、そういう状況に対応するにはレブリミッターカットが必要な訳だ。で、ハスラーも同様に無理に高回転かすると、CDIがボトルネックになる可能性はある。いや、可能性でしかないけどね。

 


組みなおし

  いいかげんゆっくりやっていたのだが、そろそろ時間を見計らって組みなおした。簡単に手順をおさらい、と思ってSMを見ると、今ごろになって「シリンダーガスケット(ベースガスケットのこと)の冷却水通路のゴムパッキンを確認してから組みなおせ」とか書いてある。あるいはスズキ純正ガスケットキットにはゴムパッキンがそこに張り付いてくるのかも知れないし、現に純正の冷却水通路には液体ガスケットのシーリングがなされているのだが、キタコのガスケットにそんな物はない。そんなガスケット準備するのも面倒なので、普通のシーリング剤を塗って組む。
   ピストンには片側サークリップ嵌めて、っと・・・アレ結構硬いな。純正と違うのか・・・・いや、サイズは同じだな。うーん、ふーん、あ、やっと入った。次はピストンリングだが、マーキングを見てっと。あ、やっぱりリングには刻印がしてあるわ。Tが上だな。こいつをピストンに嵌めるのはそんな大変ではない。スモールエンドベアリングにはミリテックと非ニュートンオイルを、他の部分にも2ストオイルをふんだん塗りつける。やっぱり筆が便利だ。さて、次はピストンピンだ。冷してあったので、すんなりとピストンに入っていく、完了。では、こちら側もサークリップを入れて・・・うーん、スタッドボルトがすごい邪魔。なんとか嵌めて、次はシリンダーを入れる作業だ。こいつが今回一番苦労したかも。なにしろピストンリングが異常に遊ぶので、なかなか入ってくれない。オイルで手は滑るし、リングはしょっちゅう外れるし。もう少し張力落としてくれー。こいつも何度目かのトライでなんとか成功。そうそう、ベースガスケットはすでに入ってますよ。
    さてヘッドを組む前にもう一度シリンダーのタイミングをおおよそチェックしてみると・・・ちゃんと刺さってないからか、ややピストンが高めに見えますが、それでも高すぎような。排気ポートにそんな掛かってないじゃん。ピカピカのシリンダーとピストンを見るのは楽しい。さてヘッドガスケット、結局スタッドボルトの方が細くて、ガスケットを組む時に注意してセンターを出すように心がけたが、正直よく分からない。固定出来ないからだ。まあきっと平気だろう。それからヘッドボルトを何回かに分けて締め付ける。仮締め1.5kg/m、本締め2.3〜2.7kg/mだそうだが、どうも手持ちのトルクレンチは信用ならないので、2.2kg程度にしておく。締める方にはマージンがあるしね。またその時にちゃんとキックくれて位置を出しながら締めるのも重要かも知れない。私は20回程度しか蹴ってないので、よく分からないけど。
    では次にエキパイを組む。こいつも結構苦労して綺麗にしたのだが、省略。私の今の結論としては、それほど洗浄水についての残存は心配する必要はないかと思う。確かにグラスウールとか吸ってるのは間違いないが。少なくともエンドパイプといり口は洗った。しかしサイレンサーの取り付け方法は、「マジですか?スズキ」というような酷い方法なので、もう取り付けるよりもアルミサイレンサーにする事にした。こんなのやってられない。スズキはどういうつもりでこういう組み立てにしたんだろうか?おかしいと言えばエキパイもガスケットが潰れないで、フランジが歪んでいる。やっぱり、あの構造はどこかおかしいのだ。あるいは、フランジとシリンダーはガスケットにより浮いてもかまわないと思ったのかも知れないが、やっぱり気持ちよくない。それとも、ガスケットは先に潰して使うのだろうか、まさか。問題の冷却水もエア抜きすると、すんなり700ml程入りました。ハスラーは逆に言うとエア抜きしないと確実にエアを噛みます。ヘッドのボルトには注意しましょう(油冷や空冷だと、そういう事は気にしなかったからなあ)。

   さて、他の部品もそこそこに組んで、さっそく始動してみる事にした。やっぱり、一番気になるからねぇ。ところが、これがなかなか掛からない。もううんともすんとも言わない。プラグをチェックするが、一応ガスは来ているようだし、火花も飛んでいる(か細いが)。圧縮は足応えから確実にあるし・・・・と悩みながら、プラグをチェックすること3回目にして、やっと掛かりました。最初はバフバフ言ってましたが、段々調子が上がってきて、チョークを戻しアイドルを上げて様子を見ます。やっぱりあれだけオイルを塗りたくったので、ものすごくオイルが多かったようで、白煙がいつまでも出ています。ミリテックの臭いもかなりします。あとはサイレンサーを戻して、壊れたボルトを手配して、パンクを直せば走れます。そうそう、結局ほとんど治ったと思っていたパンク、やはり細かい部分から漏れているようです。もう直す気力もないので、ホルツの液体修理剤に任せる事に。最初からそれ使えばよかったジャン、とか言うのはナシで。本人も結構凹んでます。まあYZやCBXでもこの技術は使えるので、タイヤ交換の練習になったと思えば損ではないはずですが。
    ところでサスですが、気になっていた部分のトルク管理をすると、思ったよりリンク関係は正常になりました。問題があるとすれば、この異常に伸び側が効いたダンパーでしょう。何を考えてスズキがここまで強固なダンパーを採用したのか分かりませんが、全然足の動きについてこないです。リンクの動きが渋いのではなくて、本当にダンパーが硬い。ジョルジョル言ってるし、こんなんんでダート走ったら、段々ストロークが深くなって、いずれ底ヅキというパターンになりそうで怖いです。またダンパー特性が明らかにオリフィス穴タイプのみの乗数特性らしく、スパッと作動させると(つまりドンと体重を預けて、すぐに体重を抜くと)、すぐにスパッと動き、すぐにダンパーが効き、スピードが落ちて、するとまたスパッと動くという、変な段差攻撃をしてくれます。てっきりリンクの渋さだと思っていたのですが、ダンパーの音を聞いていて、確信しました。変な比較ですが、ポンコツのYZ80の方は、まがいなりにもレーサーなので、ピギーバックのサスを持ち、こういう変な感じはしません。まあ、実際のライディングで、本当にスパッと体重を抜く場面があるのかは不明なんですけれど、あまり大きな動きには追随しきれない印象を強く持ちました。
   大体TS50Wのサス形式は、元をたどるとどうもRG50ガンマの物らしく、オンロードマシンのリンクシステムとかなり似ています。どの程度まで同じなのかまでは分かりませんし、見た限りほぼ同時開発なので、「ガンマがハスラーのサスを使っている」と言えなくもないのですが(ウルフは多分後)、サスストロークなどから考えても、こいつがスクランブラー的な作られ方をしたという予想はできるかと思います。面白い事ですが、DT50とRZ50もほとんど同じような開発経緯があるらしく、どっちも同じエンジンに同じリアサス(こっちはモノクロスとか言うトライアングルサス)のような感じです(もちろんちゃんと最適化されているとは思いますが)。そしてDT50はやはりサスストロークが150mmとかなり短いという欠点があります。

    あとサイレンサーについて一言。純正のサイレンサーは設計が疑問です。そもそもサイレンサーがなくても、それほど煩い訳ではありませんし、テールエンドの一番ヨーモーメントに影響する部分に、これほど重いがっちりしたサイレンサーを付けるのはおかしい。サイレンサーが重い>ステーも強度を上げなければならない>ますます重くなる>振動の影響が出る>マウントもラバーでがっちりという順序なんですが、そんな大艦巨砲主義に陥る前に、サイレンサーをさくっとアルミにすれば良かったんじゃ?それによほどの高回転連続運転をしても、テールパイプ付近ですでに温度は相当落ちているように思います。で、このパイプ、どうせならアルミにすれば良かったのでは?それとも、これは別の理由(保温効果)などがあるのだろうか?実際オフ車はここに長いテールパイプを持つ傾向にあり、同排気量のオン車に比べると短いのは明白だ。ここの部分は珍しくインジェクター効果などが狙える部分かも知れない。となれば保温して流速を維持したいかも知れない。

    もう一つ気になったのは、えらく吸気音がうるさくなった。前からパワーフィルターにして煩い煩いとは思っていたのだが、腰上をいじってから更に酷くなった。ただ、単に消音効果が減っただけではなくて、発生する音自体が硬いような気もする。不整燃焼があるのか、全然回転と関係ないような異音(コトコト言う音)も発生している。ただ、吸気スピードが低速で弱く、吹き返してしまっている印象もある。十分に吸えてないようで、スナップするとストール気味にもなる(キャブセッティングもいずれ必要なのだが)。こうなると、整備の邪魔で捨ててしまったノーマルエアクリボックスが欲しくなる。またはインマニをもっと延長してファンネルとパワーフィルター仕様にしてしまうか、だ。調べてみた所、塩ビ管にφ20というのがあり、また継ぎ手としてφ25まで拡大されているのもあるので、そういう物を繋ぎ合わせれば、吸気管の長さも取れるようには思うが、いかんせん消音効果は疑問だし、パワーフィルターも大きい物が必要になる(またはフィルターまで作るか)。まあハスラーのノーマルは外してすぐに低速トルク低下などを感じた訳ではないので、もともとそんないい物ではなかったのかも知れないが。

 


アルミサイレンサー入手

   ただのアルミ缶です。考えてみれば、飲み物の容器の方が明らかに手が掛かっているような。1000番台とはいえアルミですからね。さて昔は結構な中身じゃないと使われなかったアルミボトル缶(プルタブじゃないという意味)、最近ではそこそこソフトドリンクでも見かけますし、こいつらは外側は塗装でなく、張り紙(つうかPP包装)なので、剥がすのも簡単です。噂では、この径がハスラーのテールパイプと同じなんだそうだ。重量は純正のサイレンサーと比較するのも馬鹿らしいぐらい違う。ネットでの情報では、こいつをサイレンサーの代わりに付けて、底に穴をあけているだけだ。「それじゃ排気効率が・・・消音にもならんのでは?」というのは、私が実験して確かめてみたい。煩かった時には、中にグラスウールを詰めてメッシュで排気口を作るなり、「自作スパトラ」なり、手段はいくらでもある。というか、スパトラ、どう考えても楽なんだけどな、構造。
    で、試走しようと思ったら、この季節に雪が、冗談でしょ?温度計を見ると、室温は真冬と変わらないのだけれど、体感気温はそれでも確実に春になっている。

 


ネオリームUクリアー

    フリーソフトの製作者に敬意を表してちょこっとレビュー。いや、ホント、ここまでよく作るワ。本作は1の続編というか、時代的にはパラレルだったりするのだけれど、そういうサービスを残しつつも、初めてプレーしても遊べる作品になっている。いや、そんな部分じゃないな、すごいのは。PRGツクールというソフトを使ってはいるそうだが、遊んでみて「そういう制限ってどこにあるんだ?」と思ってしまう事ばかりだ。例えば戦闘場面にしても、あれって出来合いであそこまで出来ている物なのだろうか?確かに最初は移動画面でのキャラ表示と戦闘場面でのそれとの違いなど気にはなったのだが、なれると気にならなくなる。もし製作会社が作れば、「そういう部分は」確実にちゃんとした絵をあわせて来るだろう。だが、バランスやストーリー的にここまで穴がなく作れるかは怪しい。クリエーターという言葉が「創造者」、つまりあの世界の「神様」であるというのを感じる。
   さて肝心のストーリーだが、かなり荒唐無稽ではあるけれど、悪くない。というか、前作で「魔物」と「人間」が和平状態にあり、そいつらとトレーニングできる異空間世界が任意で呼び出せるというのは、タイムボカンシリーズの変身のようで(確かタイムテントでトレーニングしてるんだよね、主人公)笑える。戦闘はかなり「辛口」だと思う。弱点をいくつかある要素(火、水、光など)から探るというプロセスがあり、常に戦闘がだるくならない。限られた装備の中から有効な物を探し、そいつをどう装備したり温存したりするかは、悩む所だ。
   随所に挿入されるデモというか、動く映像は「スキップ」出来ないのではあるが(ついでにセリフもはや送り出来ない)、なかなか良く出来ている。戦闘やらなにやらでの演出の使い方も、ややフラッシュがまぶしいけれど、イヤミではない。これでもかって魔法の映像やキャラが動くのも、どうせ慣れたら同じなんだし。そう、エンディングやオープニングでオリジナルムービーなんて入っているはずがないので、そういう部分も簡素だ。言ってみると、このゲームはそういう非常に限られたリソースで、独自の世界を演出していた、ファミコン初期のゲームに重なる部分があるのだ。感じからするとドラクエとイースを足して2で割ったような感じ。

   ただこのゲーム、後半ある時点から、いきなりストーリー展開が早くなる。というか、経験値がいきなりインフレになって、レベル20から70までは、それまでの半分位の時間で通過してしまう。そうなると強くなるので、ストーリー展開だけに集中するような感じになる。、ここらへんは、製作陣のテンションの変化かも知れないし、はたまたファミコン世代の大人が、本当に長いことゲームに時間を取られないように、気分を味わった辺りからのゲーム進行スピードを上げたからかも知れない。私は「レベルが上がるってこんないい事だったんだ」というのをつくづく感じた。普通はいつまでも強敵相手に右往左往させられるのに、ある時点から現実の敵は敵ではなくなる(もちろん、ある程度の戦略知識が身につくというのもあるが)。ホント、前半は長いことロクな回復魔法もないし、中ボス程度がイベント的に出てきて本気で壊滅させてくれたりと、「おかしいです王子、誰かがゲーム難易度を操作しています!」と言いたくなる出来だったので、喜びもひとしお。ラスボスなんて、イベント的に準備された最強の剣に加えて、トレーニングでもらえる某最強の剣3振り加えて、ほとんどぼこ殴り状態でした。「ほらほら、HPだけ多くても、戦艦なんかいい的だよー」って感じです。

   じゃあ、このゲームは往年を懐かしむ人へのささやかな時間提供なのか?うーん、グラフィック的には、準備された物がそういう方向なのはあります。が、このゲーム、細かい部分ではこだわりを感じます。例えば相手のHP,わかりません。また自分の武器の性能も、買って見ないと分かりません。大人向けにシビアです。でもマップ内をくまなく物探しで歩かされるなんて、イースを思い出しますが、このゲームはマップが馬鹿見たくでかくないので安心です。安心といえば敵との遭遇も多くの場合キャラ表示があるので、イライラするほどは湧いてきません。

    では悪い部分はどこか?まず戦闘のオートは使えませんし、アイテム選択がキャラごとに毎回違う場所に表示されてしまうなど、使い勝手は今二つと言った所です。また良くも悪くもマニュアルなどがなく、不親切なので、この世界に馴染むまでかかります。慣れれば当然なんだけどねーってのが多いです(例えば、ですが、移動中に回復呪文なんて使えるけど要りません。トレランドに行けばいいんだから。そういう感じのが多いです)。また戦闘での前列後列とか隊列というのも、「あるにはあるんだが・・・」という感じで、意味がよく分かりません。またメッセージが少なくサクサク遊べるのはいいのですが、同時にアクションゲーム的に「ただ戦うだけ」になってしまい、時々重要らしきメッセージを見落としていて慌てます。イベント的に簡単に死ねるので、ちょっとそれおも困ります。あと「異空間」の背景映像は重すぎるのでは?
    キャラの立ち具合は、主人公はそこそこいいと思いますし、仙人の孫もまあ分かるんですが、残り二人の娘がどうも。シンシアさん、段々影薄くなってません?俺の使い方が悪かっただけか?RPGも最近ではかならず内部が分裂したり、過去のゴタゴタがあったり、人がいろいろ入れ替わったりする中で、このゲームはドラクエよろしくほとんどまとまったままなので、仲良しこよしでほのぼのしたパーティーでよかったとも思いますが、ドラマ性は薄い、かも。またストーリーの内部矛盾はあまり感じないんですが、ある時点からいきなり糸が切れたように、プロットが繋がらなくなり、その場合の救済策となるような「会話データー」が少ないのが気になりました。まあDLできる人は、製作サイトの攻略マップも見られる訳だが(私は一箇所だけ見ました。分かってはいたけれど、映像データーがちゃちで、何を表現したいのか分からなかった部分があったので)。そうそう、途中の謎ですが、あれも複数の回答があの設問からは得られるように思います。

 


 

宗教と組織

   結局こんな長い事公判して、やっとこんな結論かよという内容でしたね。某地裁では、裁判官が非行少年に「お前らは人ではない、ゴミだ」とかなんとか言ったらしいですけど、本当の悪人にはかける言葉もないんですかね。一人殺すと殺人犯だが、100人殺すと英雄だ、というセリフ(正確にはどうだったかしら?)を思い出します。またテレビも思い出したように、この問題を取り上げていますが、2つの点でしらける思いがします。
   まず一つ目は、あれだけ明白はプロットを描きながら終末へ向かっていくのを見ていながら指をくわえてそれを見ていた警察の怠惰や無能を、まるで擁護するかのように「こういう裏事情があった」かのように報じている点。10年近く後になってから、「実はこれこれこう言う事で、目は付けていたが、先手を取られた」みたいな言い訳は聞きたくないし、立証不能です。それともテレビ会社は警察の出先広報局ですか?また、この問題での責任問題はほとんど語られる事がありません。ますます印象は悪くなりました。大体ニュースリソースに独自のラインがないから、垂れ流しになるんですよ。セットやオープニングムービーに凝るぐらいなら、取材しろよ。大体、本気で警察が検査する気があったならば、実は施設への立ち入り時に自衛隊の化学防護班を特殊な身分にして借り出すなんて真似はなかった(少なくとも、事前にもっと打ち合わせはあったはず)だろうし、やっぱり後手後手というか、やる気がなかったのが見て取れます。また、あの検査の際の警察人員の防護はかなり甘かったような印象を、捜査員への取材から感じます。浅間山荘は結局何のモニュメントなんだろうね。
   次の問題は、現在も活動している組織への取材がほとんど失敗しているような点です。「ビンラディンは押さえたが、アルカイダは認める」みたいな状態が続いているのも不思議っちゃあ不思議なんですけど。テレビ局の持つ過去の取材データーを見ても(放映されている分しか当然知りえないのだが)、「彼らは本当に取材する気があったのか?」って気がします。いや、確かに狙われる危険性はあったとは思うし、そういう部分は他の取材でも避けて通っている印象はあるんですけどね。あんなん望遠レンズで隠し撮りでもしてりゃ良かったじゃん。地元住民の監視塔の方がずっと役に立つ事をしていたんじゃ。

   で、最近はふっと、この事件のあらましを考えたりする訳ですが、「何が彼等をして国家転覆(判決の言葉によれば)なんて非現実的で途方も無い夢に駆らしめたのか?」「教祖にはどこまで責任があったのか?」という事が頭に浮かびます。先に言ってしまうと、私は教祖が自弁するように「弟子が暴走した」というのは、あながち間違いではないと思います。途中で「改心して」教祖に全責任をなすりつけるような弟子の方が、ある意味醜いんじゃなかろうか、とね。
   宗教と政治は不可侵である、水と油である、そういう考えは個人レベルではアリかも知れませんが、集団としてはむしろすごい相性がいい物に思えます。現に政権政党は母集団に宗教団体を抱えていますし、世界の多くの国では宗教的指導者と政治的指導者は同じであったり、二重支配だったりします。そして、宗教の成立には多くの場合、「終末論」とか「末法思想」みたいな物がついてまわります。今回の事件は一見特殊な団体が起こした1島国での偶発的事件を超えた普遍性があるのではないか?とね。
   そう考えると、国家転覆は「それが目標」だった訳ではなく、現在の世界を「末法」と見る終末思想から出てくる必然的な救世衝動だったのでは?とも思えます。ぶっちゃけ「俺の生き方だと世渡りが上手くいかない、充実感がない」と考える人にとって、不満の矛先が国家に向かっただけかと。実際信者に高学歴者が多かったというのも、潔癖な人が多かったというのも、分からない話ではないのです。現実に、その国家の手先の怠慢や横暴が計らずも証明されたのですし。無論、それで行為が正当化される物でもないですけどね。
   だから、当初教祖が用いたレトリックとしての終末思想、救世思想というのに、多くの信者や弟子が夢中になったというのは私にはよく分かる気がします。だから、途中までは教祖が「この餌は食いつきがいい」と思ってやっていたのが、段々雪だるま式に膨らんで、自ら転がりだしたとしても、なんの不思議もありません。集団の幻想って多分そういう物じゃないでしょうか?また信者の精神性の乏しさが、あの不可解な科学技術信仰や、大仰な手段のテロに走ったとも見れますが、きっと客観的な視点を失って非常に気持ちよくウソに酔っていた部分もあるんじゃないですかね。
    そういう事からすると、各地で行われていた住民のヒステリックな対応というのは、果たして防止効果があったのか?と疑問にも思われます。「お前の隣に施設が出来てみろよ!」と言われるでしょうが、末端の信者はある意味非常に人が良すぎる人達でしょうに、それを頭ごなしに犯罪組織みたいに言って(結果そうだとしても)対立姿勢ばかり強調していた、この社会の「幻想としての均一性」にも私は同じ位異常な物を感じています。北風と太陽じゃありませんが、あれじゃ教団が世界と対決姿勢を取るのを肯定するしかないんじゃないでしょうか?大体カルト宗教と既存の宗教との見分け方や、区別の仕方を聞いても、「現実世界の宗教って、ある部分は宗教じゃないし、別にカルトとも同じだよな」って感じます。ただ成立起源がちょっと古い位じゃないですかね?家とこの坊主だって、お布施とか言って、戒名の文字増やすのにえらいか金取ったって祖母は言ってますよ(私は死ぬ前に坊主と特につきあいもなく、また戒名が長い方がいいと思っている世俗も好きじゃないですし、またある部分では散財させることで供養できると思わせられるという意味で、それも悪くないとは思っています)。

   なんかそう考えると、小邑割拠のような発想は、性悪説によった理想的な社会なのかなー。ユートピア(著書としての)のような社会が理想かどうかは難しいのだが、組織になれば人間の欲やギトギトした物を押さえる物はないように思えます。

   そうそう、上のように考えた経緯には、別組織の構造というか、構成員に疑問があるからです。あんまり詳しく書けないんですが、トップは私も尊敬できる理想と行動力はあるんですが、その弟子っつうか信者(宗教団体じゃないですよ)はトップの意見をよく分かっているような感じで、自分の無茶苦茶な意見を、組織内の実績をたてに言うので、傍で見ていて「オープン」であるように見えない。結局のところ組織というのは、創始者なんて大同小異、弟子がそれをどう料理するのかに掛かっているのかも知れません。なんか、小人は同じて和せず、じゃないですが、「意見が違う」事をひたすら嫌って、本質的な部分での方向性というか善意が見えない・・・・もしキリストに組織運営として偉大な点があるとしたら、あえて一番弟子であり信者であるユダを切り捨てたことかも知れない(私は聖書研究などしていないので、「ジーザスクライスト・スーパ−スター」のキリスト観で、って程度です)。

 


最近の特撮事情

   日曜の朝、めずらしく起きていたのでテレビをつけたら、ヒーロー戦隊物と仮面ライダーが連続でやっていた。こんなの見るのは元々なかったし、本当に久しぶりだったのだが、時代の変化には驚かされる。現在の戦隊は「デカレンジャー」、ライダーは「ブレイド」と言うらしい。最初戦隊物を見た時は「アレ?こんなコテコテの安い作品だったっけ。最近結構作品が込んでいると聞いていたのに」と感じたのですが、むしろ極端すぎるほど複雑化し、完全に大人向け(いや、大人でも分からないよな、こんなの。レビューサイトを見てやっと理解しているんじゃないか?)になってしまったライダーと棲み分けをしているのね。同じ局が二系統の作品を持てば、こういう贅沢が許されると言うのか、おそるべし。
   戦隊物に関しては、もうモチーフも一巡して、繰り返しになったりしたし、馬鹿騒ぎの不条理ギャグもそれが通常になってしまっただけに、奇をてらわないオーソドックスな作品になっていました。が、この作品は見ていると部分部分が無茶苦茶で、「こんなの子供に見せていいのか?」「なんか作る意欲がないのを、小手先でごまかしているよーな」って気分が。そもそも、○○レンジャーと言うのは、宇宙刑事物とは違うシリーズなのに、そっちを差し置いて警察やってていいんだろうか?またレンジャーと言えば自衛隊、つまり戦隊・軍隊であり、任務によっては敵の殲滅もいいのだが、警察が敵を倒すのだろうか?そう思ってみていると、この作品、とんでもない暴挙に出た。ジャッジメントモードとか言って、宇宙裁判所の判決がインスタントに出て、その場で処刑できてしまうのだ。うーん、変な部分が、凝っているというか、ご丁寧に守っていると言うか。それにしても、ロボなんかしょぼくて、「どうしていつまでたっても、同じ手法なんだろう」「なぜフィルム撮影に拘る?」
   仮面ライダーに関しては、多分カルトでマニアな人が沢山いるだろうから、そういう人の「虎の巻」を参考に見ると何かわかると思うのだが、私ごときが1話見てどうこう言えるものではない。ある部分では、実写版のエバンゲリオン的な、すごい分かりやすい「複雑さ」を演出している。俳優陣も得意ではないのだが、演技や顔・表情が、アニメ的なわかりやすい記号で出来ている。最近ライダーはドラマ化した、とは聞いていたが、結局のところ型どおりの苦悩表情の叩き売りじゃん。が、映像の作りとしては、ビデオ撮りにCG合成で映像はかなり良かった、と思う。ライダースーツも不思議なのだが、信じられない位ごっつごつな作りなのに、ちゃんとアクションで動いている。あのスーツ、どういう作りなんだろう?それに、ライダーってバッタだと思っていたのだが、なんかカブトムシのようだ。またバイクメーカーと一悶着あったのか、今回はオリジナル外装のオフ車が申し訳程度に出てくるだけだ。なんか以前のおもちゃ見ていると、とてもバイクという概念からはかけ離れていたし、ライダーではすでにないしね。

    ただ、上の話は、くだらない与太話なのだが、実は一番気になったのは、今回のライダーもトランプ遊びしている点だ。いや、それだけではない、最近の子供向け番組では、やけにカードが活躍している。はしりは例のジャンプのアレだと思うのだが、それ以降もよく恥ずかしくないなあというパクリから、ライダーのような必然性のない使われ方さえもカード、カードである。なんかの流行かな?と思ったのだが、昨今の現実世界で特にカードが流行っている訳でもないし。で、うがった見方かも知れないが、これって新しい商売方法なんだろうか?ある部分では、単なる紙に書かれた記号で想像を働かせるカードの方が、番組が終わるとプラスチックと鉄のゴミになる模型より、ずっとマシかも知れない。でも、実際に売られたり、取引されているカードを見ると、「紙に印刷するだけでこんな値段がつくなんてぼろい、ぼろすぎる。錬金術だ」とも。いや、ほんと紙幣の印刷に近いよあ。あと、技術的にカードリーダーで遊ぶという機能を使いたいのかも。結局番組はこういう商品で成立しているので、仕方ないのかも知れないが、そうなるとどこかに「子供を食い物」にしているウソがあるようで、なんか好きになれない。

 


機密漏洩

   最近私の関係している所、一箇所で個人情報が漏れ出したと聞いたら、さっそくDMがE−MAILで届いた。まあ、いいんだけどさ、どうせ大した情報じゃないんだし、それが漏れてなんか困るような仕様書が俺にある訳じゃなし(弱点はスペシウム光線と胃にぶちこむ、とか)。でも、一企業でも内部から漏洩するんだから、国家ぐるみの情報管理なんて、あってなきに等しき機密なんだろうな。個人レベルでファイヤーウォールを突破できないからといっても、権力側はそのネットワークにアクセスするのは自由な訳だし。そう言えば先日、本来非公開であるはずの議員への質問状の差出人が特定され、あまつさえ、その個人情報がHP上で暴露されるという、とんでもない事態が起きた。議会の運営側が、本来教えてはならない情報を議員へ提供し、また更にそれを議員が利用したらしい。中身がどんな内容だったのか知らないのだが、結局の所個人情報のような「一般レベルでの機密」どころか、守秘義務に属する、より高度なレベルでの機密(部内秘に対する極秘みたいなもんか)でさえ、それを扱う人の認識が甘かったりすれば漏洩してしまう訳だ(ちなみに、その議員は何が悪いのか全然分からないんだそうだ)。
   ついでに言えば、先日イギリスでアナン国連事務総長の会話盗聴データーがあったという、元閣僚の暴露話があった。ブレアは否定も肯定もせずに、「ローレベルコンフリクトにはノーコメント」みたいな事を言ったが、事実上の肯定である。この話は二重の機密漏洩である。一つは国連→イギリス議会、もう一つはイギリス議会→マスコミ。上手いと思ったのは、暴露した議員で、この問題はブレアとしては議員を責めることが出来ない。責めたら存在を肯定する事になるからだ。どこの国もやっている事ではあるし、庶民なんかも007なんか喜んでいるくせに、やっぱりこういう風に暴露されると印象悪い。「ああ、やっぱり未だに後ろめたい事を機密費用なんか使ってやってるんだな」と思ってしまう。

   ただ、どうしても疑問なのは、なぜ「個人情報の漏洩」から「その悪用」に至るルートが、逆方向から捜査されないのかという事だ。確かに立証は難しいかも知れないのだが、明らかに怪しいDMの差出先なんか、強制捜査でもすれば芋づる式に漏洩元に行くと思うのだが。確かに途中に連中も安全弁というかイモリの尻尾を置いとくんだろうけど、情報戦に長けていればそれとて完璧ではないはずだが。それにしても、結局細かく面倒な認証システムを入れて、相当システムを使いづらくしてくれた所が、結局内部の個人により、もっと重大なデーター損失をおこした、というのは、結局人の敵は人なんだなーという気分。

 


 

客観的に見たツーリング

   今日はテレビで、スーパーカブで3日間1000kmという番組の前編をやっていた。この番組、以前から無茶な移動をやってばかりだったのだが、いかんせん車や列車では旅行という感覚が薄くて、放送時間の無駄遣いみたいな番組だと思っていた。ずっと見ていたら、それなりに苦労もあったのかも知れないけど。で、今回はカブです。うーん、一日330kmか、別に「番組にするまでもないジャン」(あ、収録は夏場のようです。真冬だったら、辛い以前に無理(ルートが降雪地帯なので))とは思ったけれど、人の不幸は密の味と言いますか、自分の味わった苦しみを安全な場所から眺めているのは、なかなかいい気味です。ただ、予想外だったのが、折角のバイクなのに、都心部ですり抜けを出来なかったという事。なぜか?それは撮影車両がいるからです。ついでにカブは二台体制で、そういう意味でもらくらくなツーリングですな。インカムつけたツーリングがこんな楽しそうな物だとは思わなかった。一人だと自分でボケツッコミ、ネタ転がしして、ふっとシラフに戻って寒いんですが、二人以上だと異常に盛り上がっています。ま、ライダーが面白い人達だったんかも知れませんが。
    さて330kmは余裕かと思ったら、初日は180kmでリタイアでした。慣れない人をいきなり200km超のツーリングに連れ出すのも危険な話ですが、それでも走れてしまうカブの優秀性には改めてびっくりさせられました。それに、考えてみればカブの動力性能は、50ccでしかも4ストなので、リミッターなどと言う無粋な物がなくても60km制限(ギアも3段程度しかないはずだし)。登り坂だと40kmだって怪しいでしょう。逆に言えばそれでも200km程度走破してしまえるのですよ、ガス欠さえ分からないような人を乗せて!

   実際の所、カブでツーリングという話は結構ありふれていて、林道に入ったとか四国・北海道を回ったなんて話もあります。が、大抵そういう場合のカブは、70とか90cc、またはCTの系統で、50の系統(C50だっけ?)でそれをやったという話は少ないようです。言うまでもないことですが、1種原付では30km制限がありますし、そもそもの動力性能がそれほど高くありません。C50で「最高」70kmとか言われていますが、それを出すには相当の好条件が必要でしょう。ハスラーでも完全平地だと似たような物ですが・・・・
    ツーリング中にライダーが感じる事というのは、なまなましい反面、言葉で覚えておける事でもないので、今回の番組を見ていて、いつもなら馬鹿にしているテロップが新鮮に感じられました。そうだよな、バイクって「風と、臭いと、寒さと、危なさを感じる」んだよな。自動車に乗ってるクルーとの会話で、いかに自動車ってのがすごいか分かりました(お前もロードスター乗ってただろといわれそうですが、あれは半ばバイクなので、そこまで快適じゃないです)。が、この企画罰ゲームは四国88ヶ所めぐりだそで、「おおう、罰ゲームの方がゴージャスじゃないか?まあ、今度も4日で四国めぐりとか、失敗すると北海道1週間とか、段々罰ゲームがエスカレートしていくんだろうけれど」なんて思ってしまいます。

   しかし、こう言う企画を見ると、「どうせなら、もっとバイクツーリング番組があっても良いのでは?」と思ってしまう訳ですよ。バイクのツーリングを扱った本は沢山あります。そう言えば本屋でハーレーの旅行レポを書いている女性の本も何冊が出ていたし、需要はあるんだよな。ま、テレビで見ていると、いずれ飽きるのかも知れないけれど。

続き:第二部もなぜか偶然見られた。私は新聞も持っていないし、規則的な生活がある訳でもないのだが、偶然番組を見つづけられる事がときどきある。「ちょっと待って神様」とかね。で、今回は330kmプラス初日のおくれた分、60kmで、400km/一日というスケジュールだったのだが、番組がだべりを長く放送しだして、ツーリングとしてはまったく面白くなかった。ここらへんが大人のいやらしさだと思うのだが、いろいろ愚痴を言ってズルズルと譲歩しちゃ、挑戦の意味がないだろうに。企画が無理を含んでいるのがそもそもおかしいのではあるのだが・・・やっぱり挑戦には、それなりの勝ち目、勝算が欲しい物である。
   さて、晴天で田舎で平日で、一日400km・・・・不可能じゃないだろう。もちろん、カブであるというハンディーはあるのだが。それに、カブのスピードは旅情があってうらやましい。これが大型バイクだったとすると、直線があれば3桁までスピードは乗せちゃうだろうし(放送できるか別だが)、そうなるとゆったりと回りを見渡す余裕はない(時間的に)。そんなんで4、500km走ったとしても、前々面白くはないだろう。そこを敢えて50cc、30km制限のバイクでトコトコ走る、なんと贅沢な旅行なんだ!それに田舎道は、一見つまらなさそうだが、案外面白いネタが落ちている物である。今回はなんか無理にネタを作ろうとしていたり、まるでトラブル発生を期待しているかのような気配が感じられたが、そんな必要はカブツーリングには必要なさそうだ。
   まあでも現実問題50のカブは厳しそうだった、山道なんか。そうでなくても、バイクを移動道具としてだけ考えると、カブでなくても問題が多い。私も以前はバイクを人に薦めるつもりだった。なんと言っても爽快だし、安全への意識は大型高級車をATで走らせるのとは違う。普通に走っていてもスポーツだろう。でも,合わなかった場合のリスクの高さや、万一の事故、またいずれ飽きてしまうというケースの多さを考えると、今80年代の何分の一に落ち込んだバイク需要は、必然のように思える。

   ついでに言ってしまうと、バイクの民度を高める運動、というのも、お題目は立派だが、なんか空しく感じる。結局上の例通り、全ての人に薦められない乗り物を、すべての人に認めてもらおうというのは、ジレンマがあるからだ。確かに相互理解を最初から諦めてしまうのは及び腰かも知れないけれど、ある部分では決定的な考え方の違いに基づく好き嫌いがあるだろう。それをいちいち埋めるんだったら、現状維持、つまり道交法で走っていいんだから走っている、程度の主張で走っていた方が・・・とも思う。ま、そういうバイクヒステリー意識を植え付けてくれた先人の同じ轍を踏まないように、あっちこっちで所かまわずコケたり飛ばしたりはしたかないが。


  

ハスラーエンジン

  OH後様子を見ているハスラーのエンジンだが、やっとOH時の組み付けオイルが乾いたと思ったら今度は最高速アタック中に、エンジンから異音が・・・最初周辺からの音かと思ったのだが、段々エンジン本体からのような気がしてきた。しかし、いわゆるノック音ではなく、何かジーとかザーとか、擦っている音だ。また、そういう音が時々収まったり酷くなったりして、時々はエンジンが止まってしまう。何が悪いんだ・・・・
   すぐに戻ってプラグをチェックするのだが、プラグはよく焼けていた。またプラグホールから何か出てくる訳でもない(ちょっとカーボンがよく出てきてビックリはしたが)。圧縮等もあるし、これは恐らく「ピストンピンのガジョンピン」が外れたに違いない・・・頭痛いなあ。時々収まるという事は、ピンは完全にはかんでないとは思うのだが、シリンダーに傷が入ってしまってるんだろうなあ。走っていても直る物でもないと思うので、シリンダーをまたばらさないといけないだろう。ま、ベースガスケットを増やすのに都合がいいだろう。本来ならクリップは純正を比較したい所だが、なんかそれだと負けたようなので(それにクリップの問題か断定できないので)、一応ベースガスケットだけ追加するようにして、様子を見たい。

  ところで異常が出る前のエンジンだが、7000から9500rpmでのフィーリングはかなり良かった。ミリテックが完全に消費されれば、OH前よりずっと良くなるのは予想できた。が、問題はチャンバーで、そこまで回っても排気か何かが詰まる感じではある。また7000程度は調子が良くない。あとオイルポンプも絞ろうと思っていたのだが、まだ組み付けオイルが飛んでいるとは思えないので、ピストンヘッドを見ても参考にならないだろうな。これでベースガスケットを増やしても、意味があるんだろうか?圧縮比は多少落ちるが、NS系エンジンにより近づく事になる。7000以下にしなければ一応そこそこ走る。また調子が出てみると、サスとのマッチングも段々分かってきた。今ちょっとフロントを固くしているのだが,リアの動きが良くなっているので、逆に腰が入るまでに一瞬遅れがある。フロントを柔らかくして、両方のバランスを取らないと、なんかリアが入った瞬間に捻れるような感じがする。フレームが強ければそれでもいいのだが。

追記:一つ気になるのが、使用したオイル。普通組む時には2ストオイルを使うのだが、私は容赦なく4スト用の添加剤を割と使っている。実際ガソリンに混ざれば、4スト用も2スト用も関係ない気もするのだが(混合オイルだとそういうのもあるし)、問題は燃えた後のカスで、2ストのオイルは低灰分オイルになっている。どういう事かと言うと、ススが少ないという事だ。今日はプラグホールからススが飛び出てきたし、相当燃えてないのが分かる。これが4ストなら、硬いカーボンでシリンダージョリジョリとかになりそうだが、2ストだとカーボンはススみたいなので、それほど心配しても仕方ないのかも知れないが・・・分かりきった事を外すというのは、やっぱり自分でやってみないと分からないもんだなあ。

 


 

マッスルリバウンドと2乗3乗の法則

   マッスルリバウンドというのは、筋肉をつけすぎると動きが鈍くなるという俗説である。トレーニングしている人からすると、怖い噂であり、同時にほとんど否定されていると言っていい。最近だと巨人の某強打者の不調に関して、似たような話を聞いた事がある。曰く、筋肉が多すぎて動きが悪くなる、というのである。が、大抵の場合、それは否定されているし、私もそう思っていた。だって、筋肉が少ない方が速いなんておかしいじゃん、と。
   だが、先日2乗3乗の法則というのを聞いて(現象としては知っていたが、こういう用語だとは知らなかった)、もしかしたら、極軽い負荷ではそういう事が言えるかも知れないと思い出した。この法則というのは、「筋肉の収縮力は断面積に比例するが、重量は体積に比例するから、大型化すると相対的にパワーウェイトレシオが下がる」という意味である。前提条件として、動物の筋肉はほぼ同じ出力/面積比であるというのがつく。例えばゾウなんか、人間の何倍もの力を持ってはいるのだが、同時に重量も恐ろしく増えているので、結果として敏捷ではなくなっている。逆にネコやネズミなんかは、相対的に楽なので、動きは敏捷だ。
    では同じ種族で、筋量がそんな影響するのか?マラソンのような持久系競技では、恐らく別の視点から筋量の増加に限界を設けているように感じる(恐らく代謝や最低駆動力ギリギリの軽量化という問題)が、スピード系競技で「スピードが落ちるから筋肉は要らない」と言っている選手は見た事がない。敏捷性に関しては、確かに小さい人が活躍するなど、なるほどと思う事もあるが、四肢の断面積すべてが筋肉ならともかく、骨格などが含まれる以上、ある程度の筋肉の収縮力があった方が結果として速いんだろう。
   同様に、負荷が重い場合には、何にせよ筋力はあった方がいい。2乗3乗の法則よりも、そちらが優先するべきだ。ではバッティングではどうだろうか?この場合、議論はヘッドスピードになる。身体が軽量でヘッドスピードが速い方が打球が飛ぶのではないか?となる訳だ。実際、当てる事に関しては、反射神経がついてくるという条件で、そういう事が言えるかも知れない。ヘッドスピードが速ければ、振りはじめが遅く出来るので、球を見て当てる動作ができる。が、打級が飛ぶかどうかについて言うと、たった数百グラムの球であっても、体重が重い事によるエネルギー量の差が大きく出てくるんだそうだ。人間が70kgなのと90kgなので、その1分にも満たない球へ押し負けたりするのかと思うのだが、ここはわずかでも重い方が微妙な負けがない分飛ぶんだそうだ。
    実際の選手で見ると、ホームランバッターはことごとく重い選手である。確かに上手い人は軽量級でも飛ばすが、明らかに動きが敏捷性をかくと思われるほど体重を増やしている人もいる。中村とかそう思う。同様のことはピッチャーにも言え、日本のピッチャーは一般に軽すぎるように思う。モーションを大きくしたり、配球で工夫してはいるが、大リーグのような速球は体重がないと出せないようだ。佐々木なんか、そういうタイプに近いのではないかと思う。

 


豆パン

  甘納豆を入れたパンを焼いてみた。似たようなパンを食べていたので、予想していたのだが、かなり味が違った。失敗ではないが・・・原因だが、甘納豆だとなんか納豆臭さが前面に出てきてしまい、すっきりした甘さにならないのだ。またパン自体に納豆の味だけがついているような感じを受ける。なんでか分からないが、納豆のネバネバっぽいあの香りが、ふっくらとなるにつれて強くなるのだ。
  でも考えてみると、なんで甘納豆は納豆なのか気になる。あれって納豆状態にしている訳でもあるまい。それをなぜ納豆と呼ぶのか?それとも本当に発酵させているのだろうか?発酵させているとすれば、なぜ発酵させているのだろうか?疑問である。今度は単なる煮込み大豆を使おうか、別の甘納豆でリトライするか。
   ただパンの味自体はおいしい。やっぱり作るのに慣れたというのもあるだろう。バターの配合が相当多くなっているにも関わらず、しっかり発酵させられるので、濃厚な味になっている。

  もう一つテレビ見ていて思いついたのだが、発酵に関してお酒は非常に気を使う。温度,湿度、発酵時間、オロロッソやレフトオーバーの使い方、酵母菌の種類、etc,etc。それに加えて、一時期音楽を聞かせるというのが流行った事がある。一時、というのは、何故か最近聞かなかったからだ。多いのはモーツアルトとかバッハとかだったように思うのだが、問題はそういう小手先の技術がどうであれ、最終的な製品に本当に効果があったのかである。一応採用した位だから、オリジナルの人はそれ相応の効果を認めたのかも知れないが、世界レベルの製品でそうなのか?は疑問である。もっともお酒作りは伝統が大きく物を言うらしく、もちろん科学的な分析が出来ている部分もあるが、そうでない部分もある。ただ、人間の舌がそれを高級と思っていれば、高級になる、そんな物だろう。
   さて、もう分かったと思うのだが「なぜパンの発酵に音楽を利用しないのか?」というのを思う訳だ。いや、商業ベースではあんまり意味はないと思うけど,考えとしてお酒と違うかな?という部分で。まず大きく違うと思うのは、お酒の場合、素材は液体である。液体は音波の損失が空気に比べると少ないようだ。非圧縮流体という事が影響するのだろうか?また音波の伝播速度が全然違う。確か空気中の5倍程度はあったんじゃないかな?で、液体に関してはどうも音波などのエネルギーを与えれば、味が変わるとは聞くので、発酵が終わって熟成を行っている間でも意味はあるのかも知れない。ただ、固体の場合は、恐らく酵母に影響するのかな?とは思う。そうそう、当然ながらイーストともろみは違う。酒種を使うパンもあるにはあるが、かなり珍しい。でも、考えとしては、パンの発酵時に音を聞かせてみるのは面白そうではないか?いや,ホントはもっと真面目に詰める部分が多いんだけど。そもそも味が一定ではないわけだし。

 


バーボン

   最近バーボン(とテネシーウィスキー)を手に入れて、ちょっと気になる事があり、ウィスキーの本を何冊が読んでいる。正直のん兵衛の書いた文章は、相当偏っているし、かといってカタログ的な本はよく分からなくなるので、こまった物だが、アーリータイムズを飲んで思った事が複数の場所で言われていて、心強く思った。私は下戸だもので、分かってないのかなー?と思っていたのだ。
   さてその思ったことというのは、モルト>ブレンドウィスキー>グレンウィスキーなのか?という疑問。同時にこれは値段と味は比例しているのか?という疑問でもある。ウィスキーと一言で言っているが、ウィスキーの原料は大麦であるモルトと、他の穀物を使うグレンに分かれる。伝統から見ても、グレンをウィスキーと認めるかどうかは、長いこと論争になっていたようだ。またグレンウィスキーは連続蒸留器にかけられる(モルトは普通ポットスチルという巨大フラスコみたいなものを使う)ので、原料価格やらなにやらもあるだろうが、値段は安いはずだと思う。実際シングルモルトウィスキーは比較的高価なのに対し、グレンの割合が多い奴は安い傾向にある。だが、上で書いたグレンウィスキーだけのウィスキーというのは、実はほとんどない。まずほとんどが、モルトとブレンドされて消費されている。図式としては、ブレンド対シングルモルトという事になる。そして、バーボンやテネシーは、必ずブレンドである。むしろ、グレンの方が重要な役割を果たしているようにさえ思える。そうすると、やや極端な見方かも知れないが、スコッチ対バーボンという図式もある程度なりたつかと思う(スコッチが混ぜない訳ではない)。
   で、本題に入ると、「なぜバーボンはこんな美味しいのか?」という疑問である。最初こそ白州辺りと相当水を開けられているように思えた味だが、なかなか悪くない。というか気が付いたら、もう相当減っている。ジャックダニエルの方がメローだと言われているらしいが、私にはアーリータイムズのキャラメル味がメローでなきゃ何だ?って感じである。で、バーボンの特徴は、原料にトウモロコシを多く使って、飲みやすい物にしてある事らしく、それが良く出ているんじゃなかろうか?それは他のブレンド物に対しても言えて、一般にライトになる傾向があるかと思う。
   じゃあブレンドは飲みやすさが売りなのか?ある部分ではそうかも知れない。つうか、一部のモルトが強すぎるだけかも知れないが。でも、ただのみ安いだけなら、いずれ飽きられてしまっていただろう。やっぱりブレンドで味を補うという作業が、単一モルトでは無し得なかった、高度のバランスをもたらしているであろう事は予想できる。

   じゃあ逆にモルトウィスキーは味が単調なのか?シングルモルトと書いてはいるが、実はそういう単一逸蒸留所ブランドであっても、通常はその中で複数の樽を混ぜてウィスキーは作られている。工業製品ではないので、味にはばらつきがあり、それをならす意味もあるらしい(究極に単一だとすれば、シングルカスク、つまり樽だしそのままという製品がある。どうも白州の蒸留所限定モルトのロットナンバーは、カスクのナンバーなんじゃないか?と思えてきた。とすると、一本飲んでこれが白州とはいえないのかも知れない)。が、それをさっぴいてもブレンドより、地味なのは否めないかと思う。蒸留所で響(こいつはブレンド)と白州を飲み比べる機会があったのだが、香りに関しては響の芳醇でとめどない香りに比べると、白州のは深く秘めたような感じを受ける。響をコルサコフのシエラザードだとすると、白州はバッハの無伴奏チェロ?良し悪しではなく、ともかく違うのだ。アーリータイムズなんかは、クインテッド程度だと思うけれど、これまた違う。違う事に意味があるようだ。ただシングルモルトに決定的なメリットがあるとすれば、それは蒸留所それ自体を思い浮かべながら飲めるという事かも知れない。という事で、今度はメーカーズマーク、ワイルドターキー、ハーパー、エンシェントエイジなどが候補に浮上中。何しろスコッチって高いんだもん・・・・

 


GSX冬眠開け

   かねてから不動状態にしておいたGSXを本格的に使える状態にすることにした。天気が悪いと整備が手抜きになるのが目に見えているので、いい陽気で時間もあるという、ある意味ありえない条件を探していたのだが、待ちきれなくなって雪の日にかまわず整備はじめた所、ちゃんと晴れてそこそこ作業は進みました。今は途中段階でお休み中。
   さてまず一番の目玉はフロント廻りの整備。昨年はガチガチにして、ちょっと乗るのがしんどいほどになってしまったので、オイル交換もしたいし、それだったらブッシュ関係も揃っているので交換したい。それにステムだってそろそろのはず。そんなこんなで大変な訳ですよ。といってもフォークのOHが無ければ、作業自体は簡単ともいえます。というのは、ステムベアリングのグリスアップは「非常に!」簡単だからです。まずハンドルとトップブリッジは分離しないで作業出来ますし、ステムに余分なメーターなどがないので、ステムボルトを緩めれば簡単に外せます。そしてベアリングはローラーベアリングなので、ボールのように飛び散らない。いや、思ってたのの何倍も楽でした。
    さてステムのコンディションですが、まず驚いたのがステムの締め付けトルク。指で緩んじゃいました。ただここは、ステムの上のボルトでも締めているので、本当にギリギリのラインでガタはなかったようで、実際ベアリングのレースにも打痕などは見当たりませんでした。いや、危ない所でしたね。グリスもちょうどギリギリ無くなるかな?という辺りでしたが、最近のバイクでよく聞く「新車はグリスが少ない」というのを感じはしました。CBX125Fやハスラーでは、以前メンテされてないという条件ですが(コンディションから見て、まず間違いなくノーメンテで来ている)、それでもグリスはたっぷりついていました。が、GSXは、もちろんグリスはあるんですが、山盛りという訳ではありません。まず一つ目の違いは、ローラータイプかボールタイプかという事で、ボールだと組むのにグリスの張力を用いるので、必要量が多いのでしょう。またハイコンプライアンスタイプというか、カラーのある無しも関係しそうです。カラーがあると、無駄なグリスをつけないで、カラーとベアリングの間にグリスを持てばいいので、少ないのかな?また潤滑性能の違いもあるかと思います(ローラーの方が普通は要求が少ない)。
   GSXのレースを良く見ると、上のベアリングは特に問題ないようですが、下のベアリングは心持ローラーも焼けてますし、レースにも色がついています。触って段差が分かる訳でもないし、問題ないと思いますが、やっぱり下の方が荷重がかかったのかな?シールはピンピンしていました。こいつらには、NNL入り非ニュートングリスを塗ってやります。組んでみても、あんま違いは分かりませんね。これまでも問題はほとんど無かったし、低荷重状態だとグリスの粘度の影響を受けるのか、むしろ粘るようにも思います。そしてまたしてもベアリングの締め付けトルクがよく分かりません。あんまり締め付けトルクの影響を受けないんですよね、このグリス使うと。そこそこで妥協して次に進みます。

上のステム、グリスは拭いた後です 下から。なんか結構打痕があるようにも見えますが

 

 

   フォークはスプリングを磨いた後、一度も走っていないのですが、オイルは数千キロは走ったはずなのに、濁り一つありません。沈殿物もありませんでした。が、問題は左右の粘度差で、適当に計量していれたからか、フォークの負荷に左右差があるのか、粘度がやや違いました。高い粘度の方は、もうモッチリしたオイルで、「これじゃダメだわ」と思わせる物があります。

磨く前。実は光っている部分はそこそこスベスベ
だったりします。
うすーく筋がに見られる部分が、磨いた
部分です。


   で、分解してみて(ちょっと工具を仕入れたり、へまやったりしました。ダイソーはしかし偉い!)、気が付いた点。まずブッシュですが、一応新品があり比較できるのですが、目で見て分かるような違いはほとんどありません。確か前、テフロンが剥がれ出したのを見たように覚えているのですが、ほんと微妙だったようです。そうは言っても、テフロンの減りは間違いなく、新品とは手ごたえが違います。
   ブッシュの面白い点と言えばブッシュの裏側も面白い構造になっています。インナーチューブにつける、外周がコーティングされている奴は、外した部品では、ブッシュ内側に傷というかがありました。見てみると、インナーチューブのブッシュがはまる溝の中央にちょっとした出っ張りがあり、そいつがブッシュを主に押していたようです。恐らくですが、ブッシュを極端に言うとたる型に変形させる事で、接触面をコントロールしていたんじゃないかな?完全にチューブと並行だと思っていたので発見でした。
   またアウターチューブ内部に傷を発見。この内部、なぜかオイルのつき方が、ボツボツした気持ち悪い残り方をしていました。オイルを弾いたのか、なんか妙な感じです。さて私は「チューブ同士はあちこちで接触しているのでは?」という仮説を持っていたのですが、インナーのメッキを見る限りでは、「ほとんどメタルだけで接触」という結果でした。ただ、ほとんどとは言っても、インナー先端部では明らかにアウターとこすれたと思われるピカピカな面があったりして、やはり微妙に接触しているのは間違いないようです。

   話はちょっと飛んでCBXの調子、陽気がいいのがキャブにも出て、なぜか調子が良いです。温度が高いとセッティングは濃くなるので、これまでが薄かったか?でもアクセルの1/8程度の部分がどうしてもセッティングが出ません。これはプライマリーキャブに間違いないのですが・・・そう言えば最近は「キャブについてくるように他をいじる」考えが強くて、真面目にキャブをいじったことなんてなかったしなあ。一方適当にリアのアジャスターを引いているので、イマイチ乗れてない。またリアのブレーキも酷使が祟ったのか、ストロークが増えているような。詰めるとロックが怖いのだが。

   あとはお決まりのバッテリー補充電、ちゃんとゲージがグリーンになるまでは溜まりましたので,今シーズンは大丈夫なご様子。少なくとも3年は使っているけど、丈夫な物だ。また余裕を見て、キャリパーの清掃(本当はもうOHの時期なのだが、全然問題ないので)、リンク関係の調子の確認、キャブやプラグのチェックなどである。プラグももうとうに交換サイクルは突破(1万キロ)しているのだが、全然問題なく動いちゃうとねえ。

   続き:いきなり冬に逆戻りで作業中断。オイルシールインストーラー(ただの塩ビパイプ)がなくなって買いに出たり、それだと新しいタイプおオイルシールをいためるので、延長継ぎ手を買いに出たりといろいろ大変だった。まあおかげでオイルシールの打ち込みは非常に楽になったけれど。GSX750FKは、UV40のパイプに延長継ぎ手を使うと、非常にピッタリのオイルシールインストーラーが出来ます。また打ち込む時にアウターを加熱してやると、すごい簡単。
   さて部品の痛み具合だが、今度はインナーロッドが痛んでいるのを発見した。ロッド一番上の部分が削れている。それも普通の削れ方ではなくて、まるでやすったかのような荒れた痛み方である。一応ここにもプラスチックのスライダーが交換部品としてあるのだが、それが磨耗して首振りを起こしたのだろうか?そう言えばオイルロックピースにもなぜか傷があった。ここは本来は動かないはずなのだが、遊ぶのだろうか?軽く磨いて部品を交換して組みなおす。

  ロッドの傷です。色が変わっている部分が摩擦で削れた部分、下に見られる帯状の物がブッシュ。

 

 

 

 

 

 


   オイルは10番が思っていたよりずっと柔らかくて驚く。前のオイルは抜く時に「タラー」と出てきたのだが、10番単体だと「バシャバシャ」って感じで出てくる。それでもダンピング効果は非常に高く、手でチューブを伸ばすのはかなり大変だ。圧側は逆にほとんど関係ないねぇ。ただダンパーの強さの設定がフォーク単体だと読み取れないので、左右の差は深く考えない事にした。メタルは一見新しい方がよさそうだが、アタリが出ていないので、本当の所はよく分からない。後で実走りで確認する予定。オイルは1リッターを使い切ってしまった。言うまでも無く「オイル油面」で管理していうのであるが、50cc程度はこぼすなり、個体差でなくなる物なのかも知れない。油面のノギスで軽く見ているだけだから、間違いがあるかも知れないし。

   終章:なぜかエンジンのかかりが悪い。掛からない。セルは回るし、プラグも汚くない。ただガスがほとんどついてないのは逆に気になる。マフラーからは排気が出ているので、圧縮はあるし、すると燃料が行ってないのか?という事で仕方なくキャブを清掃。特に汚れはキャブ内部になかったが、一応清掃する。なぜかガソリンの色が薄いのは気になるが・・・で、付け直したのだが、やっぱり始動が良くない。何度かトライして、やっと始動した。何が悪いのか分からない。その後分かった2点は「負圧コックのホースを塞いでなかった」「タンクキャップを開けると負圧音がする?」。一度掛かれば、後は普通に動いた。
   フロントフォークは、整律を取って取り付けなおす。結構適当に組んだのだが、ほとんど並行になっていた。それを取ってからストロークをさせてアクセルシャフトを閉めなおし、最後にスタビを締める。このスタビライザー兼フロントフェンダー、意味が分からないのだが、フォークの並行(縦の)を考えた時には一応重要なはずだ。フォークは上から「トップブリッジ」「ステム」「スタビ」「アクスルシャフト」の4本で固定されており、下がアウターチューブ、上インナーチューブを支えている。で、他はかなり厳密に位置決めやトルク管理がなされている(なされなければならない)のだが、スタビだけはガタもあるしトルクも低いのだ。そんなんで邪魔にならない程度に組んだのだが、どうだろう?

    では走った感じはどうか?久々の750、マルチとなれば、もう笑っちゃうほど乗れていない。レスポンスとかトルクとかが桁違いで、小さいバイクで練習になっていたのかな?まだ乗り込んでないのではあるが、なんか体の動きほどはバイクが動かないのが歯がゆい。それにしても750のパワーは桁違いのようで、タイヤの発熱が大きい。あ、でも回転は割と上げて乗るようになっていたかな。
   肝心のフロント廻りの感触なのだが、控えめに走った感じだが、相変わらず基礎的な整備というのはつきつめると「自然」という事になるのかも知れない。まあ後輪は今手付かずなので、バランスはイマイチなのだが、常に路面に設置しているという安心感からか、特に何の不安も気負いもなく、結構なスピードで走れてしまう。以前はフロントが入らないので、若干フォークの突き出しを増やしていたのだが、今日はまんまのセッティングでもフロントが遅れる気はまったくしなかった。特に極上なのが伸び側。
    圧側はまだちょっとショックはある。白線は白線と分かる。それとて不快な程ではないが、乗り上げている感じは伝わってくる。が、段差の落ち側では、ショックは何もない。すっと伸びているに違いない。やっぱりフリクションロスを減らす工夫が功を奏したのだろうか。

追記:外したパーツを改めて見てみる。やはりインナーメタルブッシュは、中央を曲げて接触面をたる型にしていた事が磨耗からも分かる。片方のメタルはかなりギリギリで、テフロンの下の銅金が薄く見える。特にインナーはチューブの強度上肉が薄い部分にメタルを嵌めているので、メタル自体も薄ければコーティングも薄く見える。またメタルの面積を見ても、アウターメタルよりインナーの方が幅広で、より荷重を受けられる設計になっているのが分かるが、あるいは接触面積を稼いでコーティングを薄くしたかったのかも知れない(新品を比較すれば分かった事だが・・・)。
    傷はよく見ると細かい物が無数に走っている。が、メタル埋没性はテフロンの場合ほとんどないのか、何が入ったのか良く分からない。またコーティング面より下に走る傷は見当たらない。が、一方で、メタルが剥げたようなコーティングの欠損はいくつか見つかった。ある種類のものは、コーティングが薄くなってメタルの曲げに耐えられなくなった部分が剥離したような感じ(つまり一番アタリがきつい部分中心に剥げている)だが、ある部分は一体何が原因でこんなえぐれ方をしたのか分からない物もある。異物だった刺さっていそうな物だし、アタリが原因だったら周囲も薄くなっていそうな物だ。あるいは面として摩擦が高い部分でひっぱげる物なのかも知れない。
    銅は私は当初メタル埋没性とか、こいつ自体が潤滑性を持つメタルだと思っていたのだが、段々そうではないように思えてきた。まず銅の部分は薄いし、よほどの事がなければ接触はしない部分だ。で気が付いたのだが、これってテフロンコートがくっつく為のバインダーじゃなかろうか?テフロンが剥げた部分から見ても、コート下の銅はなんか表面が粗く見え、くいつき面積が大きいように見える。テフロンは低荷重での摩擦係数が低いのはいいのだが、固定が難しいと聞いていた。フライパンなんかでも、金属のヘラは禁止されているし、やっぱり耐久性に問題があったのかも知れない。フライパンならばアルミを使って穴を増やすなり表面を荒らすなりは簡単だが、メタルの場合基部は鋼のようなので、簡単に凹凸をつけられなかったんかな?

   アウターメタルはその点、ほとんど損耗は見られなかった。なんなら再利用も可能だろう。コーティングも無事だし、その損耗も接触面積が少ない割にほとんど見られない。メタル自体の強度が高い(まず径が大きいし、部材も厚い)のもあるだろうし、煽動相手のインナーチューブがメッキである事も関係しているのかも知れない。ほとんどオイルが循環する部分でもないし、逆に汚れが寄り付かないのかも知れない。

   ピストンロッドのリングは外してみても、なぜここが外せる部品になっていたのか納得できる作りではなかった。確かに痛みは見られるし、チューブとの接触面にはなんらかの潤滑効果を狙ったのか、意図的な凹凸らしき物が見られるのだが、だったらこんなプラスチック素材でなくてもと思ってしまう。単にオイルをロックする目的だったのなら、この切り欠きの入れ方は粗雑に思えるし(お互いクロスするように切り欠きを入れるなど難しくないはず)、ブッシュとして見ると摩擦対策が疑問。

 

走ってみての続き:速さに慣れて来ました。一度乗っていた乗り物ですから、そんな違和感ありません。むしろ、低中速はもっとトルクがグワッと出てもいいかなー。GSX750Fは元々ここらへんのトルクは割とあるようで、スタートでもアクセル捻らずに走り出せるほどなんですが、シングルのようなパルス感のある加速に慣れると、マルチのそれはスムースすぎるように感じます。あと3000以下はやや濃すぎるのか、その上に比べるとちょっとがさつに回ります。以前のように4000回転でないとクルーズする気にならない、なんて事は全くなく、3000でも2500でもちゃんと走りますが、微妙にトルクの出具合が違うので(具体的にはエンブレの効きやふわっとした部分があったりなかったりする)。まあエンジンはいずれプラグ交換したり、キャブの同調を取るまでは、現状で良さそうです。
   問題はハンドリング。以前もこんな跳ねたっけなあ?って位うねりを拾います。舗装が悪いのはあるんだけど、フォークだってアタリが出てないのかも知れないけれど、やっぱりおかしい。エア圧を落とそうか?うねると言えば、ハンドルもかなり切れ込みます。普通に直線走っていても、時々押し舵していたりします。以前よりは絶対ステムの締め付けトルクは高いはずですが、それでもグリスアップにより桁違いにスムースに動いてしまっているようで、なんか過敏な舵になってしまいました。ちょっとステダンが欲しい位です(使った事ないけど)。
   フロントがそんな感じなので、ステア傾向としてはかなりオーバーステア気味に曲がります。フロントだけで方向が変ってしまうので、巻き込まないようにバンクを押さえつけているくらいです。それでもタイトなターンだと巻き込みすぎのリアのお釣りが出たりします。ある意味XJR1300の「お前勝手に曲がるなヨ」的な曲がり方です。違うのは、その時のリアで、XJRはリアも同様に曲がるんですが、GSX750Fはリアまで倒す必要がないというか、倒すと困るというか。
    現状では若干腰を引いてリア荷重にすると共に、アクセルを割と開ける事で対応しています。最初はCBXの練習なんて生きるのか?と思ったんですが、リア荷重でアクセル開ける曲がり方は以前より気持ちよく出来ているようです。ただ、それやると、今度フロント荷重が抜けてアンダーになるんだよな。ダンパーを強くして抜けないようにしようか、突き出しを増そうか、思案中。ともかくリアは乗り始めて少しで、以前より活用できるというのを感じます。

   ところで、なんでGSX750Fでこんなステア特性で苦労しているかと言うと、鏡に映った乗車姿勢を見てこんな事を感じました。それは、このバイクで、理想的なポジションに体を持ってくるのは、相当大柄である必要がありそうだという事。腰をリアタイヤの上に持ってくると、頭はステアリングステム延長線から大きく外れます。頭を中心にすると、今度は逆になります。今収まりがいいポジションはそんな感じで、中途半端な印象を受けます。此れがビッグネイキッドだと、キャスター角がもっと大きいし、上体が立っているので、ステム延長上に頭を持ってくるのは楽ですし、スイングアームも短いです。またレプリカの場合はGSX750Fに割合形が似ていると思うのですが、シート高がずっと高いので、リアに荷重を感じる場所が、ずっと前に行くんじゃないかな?まあ今リアの動きが渋いのは、タイヤがゲタ減りしているのもあるかも。
   それを言えばそろそろ3年、1万キロ以上を耐えたGT501のコンパウンドは心配だったんですが、今日軽く走り回った所、劣化層がバリバリと剥がれ落ちました。熱や力が入った層が、少し放置したら酸化してしまったようです。で、皮をむいたので、グリップ感の劣化は感じません。コーナーで大きくアクセルを入れて見ましたが、特にすべりも何もしませんでした(って、前から滑らす腕などないんだけど)。うーん、でも、こんなタイヤでも、充分なのに、ハイグリップを履くと何が変わるんだろう。

   ついでにもう一つ、後輪のトラクションについて、加藤大治郎の追悼番組でも彼のトラクションの掛け方の上手さが話題になっていた。加藤は小柄で軽量なので、ウェット路面のような場所で押さえ込むライディングは不利だったそうだが(そういう意味だと、手足が長いオージーライダーのジベルノーがチームメイトだったのは、グレシーニレーシングの面白い采配を感じる)、その分体重を後輪に預けるのが上手かったんだそうで、写真や動画でも(比較対象がアレだが)その上手さは際立っている。つまり、後輪にいかに荷重できるかが、ライディングのポイントの重要な一つであるって事である。

 


 

 

米粉パン

   テレビで米粉パンというのをやっていた。原理的にグルテン等を持たない粉では発酵したパンは作っても仕方ないはずでは?と興味深くテレビを見たのだが,何のことはなく「グルテン」を2割足しただけだった。グルテンとはタンパクだと理解しているので、つまり強力粉より超強力なグルテンを足してパンにしている訳だ。実際歯ごたえはいいそうだが、「そりゃそうだろ・・・」と言ったところだ。これを米粉パンとして許容するなら、どんな粉でも事実上パンは出来るのであって、「ソバ粉パン」だろうが,「ヒエパン」だろうがパンにはなる。努力は認めるのだが、こうやってパンにする意味は私にはよく分からない。それに、作るのが普通のパン(ロールパンとかコッペパン)というのもなんだかなあ。その点バンズをライスにした、ライスバーガーなどは面白いとは思うのだが。
   もちろん米で粉食を作っちゃダメということは全く無い。炊くことに関しては手軽で美味しい食べ方だとは思うけれど、いずれβ化してしまうという問題はあるし、保温の問題もある。最近は電子ジャーが進歩しているので、品種改良とあわせてただ普通の食べる分には便利でおいしくなったが、違う形での、より手軽でインスタントな米消費というのは確かにトライする価値はあるだろう。
   で、うるちまいでは無いのだが、正月前後食べて思ったのだが,もちにしてしまうというのはどうだろう?大体工場で作っているもちは恐らくついているのではなく、粉を蒸かしているんだと思うのだが。あと米の麺というのも東南アジアではあるようだ。でも、そこまでして米にしなくても・・・って気がしないでもない。

 


たそがれ清兵衛

   タイムリーな作品をテレビでやっていた。アカデミー賞は取れなかったが、侍ストーリーとして地味地味と聞いていたほどは地味ではなかったんじゃ、というのが最初の印象。控えめな主人公が、実は凄腕の闘士というのは、もっとも分かりやすいヒーローの構図だ。スーパーマン、ポパイ、スパイダーマン、必殺仕事人、ブルースリー・・・・あ、ネタバレ注意。まあ能ある鷹は爪を隠すが、仕方なくそれを人のために使う隠者というのは、あからさまな力に物を言わせる権力者へのささやかな報復衝動の現れなのかも知れない。それにちょっとした恋愛を絡めてあり、日本の原風景というにはやや厳しい生活環境を描き、と、どこが渋いのだ?
    まあ私もこの作品の主人公、清兵衛に同情し、ストーリーに引き込まれた口だが、手法は典型的な大衆ちゃんばら小説のそれであり、今これをやらなくてもと思わないでもない。最後にエピローグでペーソスを漂わせる辺りも、「きっと名前も忘れられたような同様の作品がたんとあったに違いない、昭和初期には」と思ってしまう。またストーリーの展開も、落とし所がマンマで、まるでレールの上を走っている電車を見ている位に、ひねりが無い。実は私は最後の決闘は、なんらかのアレンジを加える物とばかり思っていたし、実際敵との会話は、そういう方向性を示していたと思う。いや、最初に家老に呼び出された辺りから、斜め上の選択肢というのを想像してはいたのだ。だが、蓋を開けてみれば、意外性といえるとすれば、宮沢リエが家にいたこと位。
    あるいは、ここまで王道を行くことで、昨今の捻りすぎの作風へ対決をしたかったのかも知れない。私だったら、家に帰っても誰も待っていない方が、ストーリーとしては好きだが、そういうのはハードボイルドすぎるのかも知れない。でも、確かに一つの救いであるはずのアレンジではあるが、結局それはエピローグの為の付け合せにも見える。どちらの方が誠実な作品かという事で言うと、私はあれは蛇足に思う。そして結局、この作品のメッセージがあるとすれば、あらゆる事・象努力ははかなく、人生はいずれすっからかんになって終わるという事なのかも知れない。そこでは、一見大きな違いに見える生と死など、ほんの些細な違いにすぎない。なんか敵の言い分を聞いていると、まるで中年サラリーマンのリストラの悲哀みたいで、物悲しくもあった。
    こういう映画を見ると、例えば同じ侍物でも、黒澤の描く新しい侍像というのが、いかに新しかったのかというのを感じる。なんか今の時代劇はみんなそういう流れの自由気ままな、現代的侍になってしまっているが、本来はああいうのは異色だったんじゃないだろうか。最近では黒澤ファミリーが、「雨上がる」という、これまたうだつの上がらない武士の話を作っていたが、あっちの方は、同じ侍でももっと地味である。その意味が私は以前よく分からなかったが、なるほどと思いなおしていた。

    ストーリーはまあ上記の通り、役者は宮沢さん、もう時代劇専門になってません?ちょっと気が付いたのだが、時代劇を時代劇っぽく古臭く演じられるようになると、女優の場合華がなくなってしまったと思ってしまう。年寄りはまあそれでいいのだが、若手で「大奥」とかやっていた人達って私はどうも好きになれない。メイクとか、時代劇っぽい仕草も嫌いなのだが、何より顔芸で苦悩を表現しすぎて、変なシワが多くなってしまうように思うのだ。あれが本当にそうだったと言うならば、日本の女性は近年綺麗になったんだろうなあ。

 


今の風を感じて

   ネオリームに続く無料RPG。これは過去のグランプリ作品らしかったのだが、私の趣向とも合っていて、想像以上に楽しめるゲームだった。戦闘はネオリームもそうだったのだが、相当辛口で、多分コンシューマだと出せないんじゃないだろうか。無料RPGは戦闘バランスが大人向けである。以前は自分のパーティーが全滅するというのは、なんか気持ち悪くて、好きではなかったのだが、この種のゲームではむしろ「1度や2度は死んで見ないと分からない」作りになっている。まあ、このゲームではやや事情が異なるが、レベルを地道に相当上げておけば回避できるのではあるが。異なる事情というのは、このゲームでは能力はアイテムとして拾うチップによって任意に割り振られる(後からバランスを変えるのも可能)なので、レベル上げではなくて、アイテムゲットの情報があるか無いか、が味噌である。ちなみに敵も固定イベントであり、ドラクエ風ではない。
    戦闘としてのマップが存在しないので、つまり荒野をうろつく必要もなく、マップは街などが10個程度あるだけである。つまり街を10個うろつけば話は終わるわけで、さくっと遊べる。標準プレー時間は5〜7時間だそうだが、私のプレー時間は5時間ちょっとだった。といっても、実際は戦闘で何度もやりなおしているので、その2倍はかかった。
    ストーリーは、前作、前々作を踏襲しているらしいのだが、そこそこコミカルだけれどほとんどがシリアスという、これまた大人向けっぽい作りである。でも、あんまりクダクダとセリフで説明しないので、やっていて混乱しはしない。その代わりキャラ映像が豊富で、そちらで語らせている。ここらへんは、そういう才能がある人がチームにいるかどうかという部分が大きそうだ。が、一部の絵はどうもパースがおかしいのが気になった。なまじ他の絵がプロ級であるために、目立つ。絵の方向は同人っぽくて好きだが、結構ドットが粗いのがもったいない。カット割りなどもあって、そういう部分にこだわりを感じる。そうそう、コミックってのは、シリアスという下地があるから面白いんだなーと思った。常時ハジケていると、ここまでコネタで笑えないだろうな。
    システム的には特に不備もないのだが、イベントやアイテムというのが、ほとんどオートで始まるので、使い方を知らないと結構戸惑う。

 


タマリンドの木とすばらしい新しい世界

    池澤夏樹さんの作、2冊を連続して読む。「バビロンに行きて歌え」も、文体としては同じようなのだが、内容とすればこっちの2冊はかなり似通っている。それを言えばバビロンも似たようなテーマを持っている。キーワードで言えば「発展途上国」「内政不安」「難民」「宗教」と「先進国の援助」「NGO」「ODA」「満たされない生活」「適正技術」「科学文明の限界」と「男女の恋愛」「男の友情」という3種類の柱になるだろうか。どいつも普遍的かつ現代的な要素である。要素としては、どいつも似ているので、短編でも読めば好き嫌いがはっきりするかと思う。そう、小説は多かれ少なかれ、好き嫌いという要素があるのだが、私は彼の作品はそういうのが強いように思う。
    ちょっと話は飛ぶが、私は井上靖が好きではない。「天平の甍」「しろばんば」「氷壁」「おろしやこく酔夢歎(多分漢字が違う)」他にも結構読んだはずだが、ストーリーには感服するけれど、話術が平板で新聞記事を読んでいるかのような味気のなさにうんざりするときがある。純文学のような、高い思想性や芸術性を求めてもないが、大衆小説のような娯楽にも徹していないという意味で、彼などは「中間小説」とカテゴライズされる訳だが、このルポの下書きのようなのを小説と呼んでいいのか?中間なのは「小説」と「報道」の間じゃないか?なんて思ってしまう。だから話題が興味あれば読めるが、そうでないととことん辛い。そして、池澤さんの作品は、そういう雰囲気が強い。

     そして、現実世界を虚構として描く事で分かりやすく世界を認識するという類の創作としては、なかなか面白いかも知れない。ちょうど小学校の図書館にあった、「マンガ○○入門」のように、ストーリー仕立てにする事で、ある人物の認識を追体験するような感じで理解出来るからだ。だが、私には彼の筆はいささか高尚すぎるようで、なかなかトレースできない、そういう事かも知れない。または、主人公として想定される読者層とはいろいろと違いすぎるのかも知れない。タマリンドも新世界も、大会社の技術職で30半ば、奥さんがNGO活動に積極的で・・・となっているし。新世界では、そういうキャラクターを客観視して、現代日本には珍しいキャラクターかのように書いてはいるが、もしかしたら案外多いサイレントマジョリティーなのかも知れない。
    が、再び繰り返すが、新世界で描かれる家族というのは、かなり読むのがしんどい。こんな契約家族のような、妙に全てを意識の上に置こうとしている、またはその限界を認識しようとしている家族は、鉄拳じゃないが、ちょっといやだ。それに、メールの文章など、全てを100%書こう、そうして読者に勝手に判断してもらおうという発想は、これまた小説っぽくない。まるで仏教の経文解説のような、居心地の悪さを常に感じてしまう。そして、結局の所、そういう手法はどうでもよくて、今の世界にはこういう現実があって、未来はどうなるんだろうね?というのが情報として伝われば、この本の目的は達せられているのかも知れない。だったら、男女の恋愛は、本当に蛇足だと思えるのだが・・・・(多分彼は、そういった個人的な感情という要素も今後重要になるという認識を見せたかったのかも知れないが、3冊ほど読むと多分みんなうんざりすると思うよ)。

    さて、では先進国と途上国、その今後のあり方というのは、実際の所どうなるんだろう?答えは小説には出てこないし、多分一つの答えなんかないんだろう。それを、この程度のスペースで書くのは、到底無理だし、彼も一つの可能性(そういう生活の可能性という意味で。社会全体がどうなるというのではない)を書いているだけだ。

 


死と罪

    テレビで今話題の養鶏場の会長の自殺について、報道姿勢が気になった。というか、日本人の倫理観というか責任のとり方について、ちょっと世界標準(まあ、あるとして)とずれているんじゃないか?という疑問なのだが、先日までコメンテーターが舌鋒鋭く批判していた番組が、一転擁護するようなコメンテーターを担ぎ出しているのはどうなんだろう?私達はやとわれコメンテーターはその世界の識者で、つまりその番組や局の意見だと思って見ていたのだが、あれもなんとなれば個人の問題に帰して首の挿げ替えができるようになっている、仮想キャラクターだったのかも知れない。そう言えば局のアナウンサーというか司会って、いつも曖昧な相槌しか打たなくて、存在感が薄く思っていたのだが、そういう事情があったのか?
    さて、人によっては死人に鞭打ちとしか思えなくても言ってしまおう。自殺した事で何らかの責任が取れると思っているなら、大きな間違いであり、会長は卑怯者であると。説明責任を生き残った物に押し付けて、奥さんを道連れにするなんて、言語道断だろ。確かに今後被害が明確になれば、もう個人で責任は取れない状態にあるのは間違いないのだが、だからといって責任を放棄するような真似をしてどうなると言うのだ。で、古い日本人の感覚として、死は美化されるのかという疑問が湧いてくる。一つ例を出すならば、靖国問題。諸外国(特に侵略された国)は、靖国に戦犯が祭られている事を特に気にしている。どこの国だか忘れたが、そういう国にしても「普通の戦没者の慰霊施設(ただし宗教色には警戒していたと思う)を作る」なら、誰が参拝しても問題ないと言っているし、確か国会でも可能性について言及されたように思う。問題は戦犯である。私は東京裁判がどの程度信頼性があり、どの程度の戦争犯罪者がどう処遇されたのか不勉強で知らないので、彼等を一律に扱っていいのかはよく分からない部分もある。大義での戦争犯罪を適用すると、兵隊などほとんど犯罪集団だったかも知れないし。が、この国の首相以下年配者の考えを見聞きすると、「戦犯と言えど死を持って罪を償ったのだから、それ以上どうこう言われる筋合いはない」という意識が感じられる。悪い言い方をすると、死んだらチャラ、後は野となれ山となれ、それ以上は自分も責任取れないよということだ。
    確かに私も、「死んでしまったら、それ以上物理的にどうしようもない」とは思う。が、それが自分の因縁を終わらせる物だとも思わない。よく死人の事を仏と言うが、何の善行なり修行も積まない人がただ死んだだけで悟った人になる訳じゃないだろう。シツユウブッセイ(もうMSIMEはアホだ・・・・)を言うなら、何も死人でなくてもいい。中国などでは、そういう曖昧な寛容さはないようで、印象的なのは岳飛廟の前の秦檜夫妻の鉄像だ。今は柵に囲まれているようだが、昔読んだ教科書によると、こいつは鉄像にしてまで鞭打ちをしたかった中国人が作ったと聞く。まあそうでなくても、今も岳飛廟にひざまづいている。正直、損得で言うと、秦檜の行動で安寧を得た部分もあり、つまり善悪は主観的要素が大きいのだが、国民性として「罪は死があっても消えない」と考えている風潮は感じる。一見死者を丁重に扱う発想は、精神的に死後の世界を想像しているから、精神性が豊かなように見えるし、死人の像を作って鞭打つのはかなり偏執的にも思えるのだが、逆に全ての現世的行動が肉体の有無に縛られているかのような発想は、物質的なのかも知れない。だから、これは認識の違い、良し悪しではないのだが、あんまりにも浄土を夢見て現世での行動がおろそかにんっているようだと、日本的発想は危険に思われる。
   ついで死刑問題について言っておこう。先日死刑は刑として存在するのに、及び腰で執行されないのが腹立たしいと書いたら、タイムリーにも死刑の物理的な話を報道した番組があった。と言っても、死刑囚はどうやって吊るされるのか?とか、刑務官はどうやって自分の罪悪感を回避しているのか?とか、死体はどうなのか?みたいな、一見厳粛なようでいて、実は興味本位のような、死刑の実際的側面に関する報道だった。ま、私が感じた疑問、「死刑執行は行われているのか?」という部分に関しては、一応行われているようだが、やっぱりやりたくない物らしい。
   さて死刑は日本の刑法では極刑、この上がない刑罰である。死刑がない国では、終身刑が極刑なんだと思う。または、単純に刑期を加算する方法もある。ただ物理的に生きては出られないので、実質的には終身刑なのだが、考え方としては分かる物がある。つまり、不確かな終身や、やけっぱちな死刑ではなく、量刑はどこまで行っても量刑と言うか、分かりやすい。そこに人間の寿命や、生きられる、生きられないという発想は恐らくない。もちろん、死体まで拘置したりはしないだろうが、罪と罰に生き死にを絡ませたりはしていない。終身刑はその点、死ぬまでという意味では死刑とあんまり変わらないかも知れない。ただ、実質的に終身刑と言っても短くなる事があるそうなので、同列に扱っていい訳ではないだろうが。
   刑罰の重い、軽いと犯罪の発生には因果関係がないという話を聞いた事がある。死刑だろうが終身刑だろうが、殺人を犯す人は殺人をするし、その割合はほぼ一定であるというのだ。これが微罪なら話はまた違うかも知れないが、極悪犯罪に関してはそうかも知れない。つまり、死刑をする、しないは、犯罪の予防的な意味合いはほとんどなく、社会の自己満足かも知れない。で、日本の場合は、死を持って何かが償えると思っているからか、死刑で罪が浄化されると考えてか、死刑が選択されている。でも、なんか「自分で自分を死刑」みたいな考えがあるかと思うと、それってどうなんだろう?と思わざるを得ない。

   余談だが、こういう考えても詮無い部分は想像力を刺激するらしく、また司法の限界という分もあってか、「スカイハイ」ではかなり極端な死後の世界観が展開していて面白いというか、馬鹿らしいと言うか・・・マンガの方はドラマシリーズに影響されてか、イズコが若干人間っぽい顔になったけれど(つうか、別シリーズか?)、無茶なルールを一つ作る事で、人間の憎悪なり悪感情がどう迷走するのか見ていて面白い。でも、恨みの門の設定は、酷く現代的に疲れた設定にも見える。

 


 

「天然酵母で作る健康パン」

   というタイトルの本を買いました。天然酵母でなくても、レシピが分かればどんな本でも良かったんですが、どうも天然酵母は発酵力が弱いらしく(というか、菌種が多数なんで、単一のイーストに比べると膨らませる力は同じ量なら劣るみたい)時間指定が大体4倍程度かかるし、分量も種を用いる(種というのは、予備発酵させた生地)ので、多少違います。まあ、捏ねるのに必要な硬さは決まっているので、アドリブでいじって平気ですけど、イーストでまんま参考にはなりません。でも、大体の基礎的な生地は分かったので、レパートリーは増えるでしょう。
   パンと言うと世の中にはごまんとパンがあるのですが、生地に関して言うとそこまで広くありません。惣菜パンの生地は大体が「バターロール」のベースか、「デーニッシュ」生地です。他には「フランスパン」「食パン」程度です。他にライ麦パンはサワー種を使う特殊なタイプもありますが、多分私は焼かないだろうな。ま、バターロールとフランスパンと食パンが焼ければ、大方のパンは自作できるんじゃないかと。
    しかし天然酵母というのは、面倒ですな。私は今はサフのドライインスタントイーストを使っていますが、一応温度が低いので予備発酵はさせています。でも、粉を計ったりしていれば、予備発酵は終わっています。一方天然酵母の場合、予備発酵を低温で行うので、何日も前からやる(種で異なる)必要がありますし、発酵力は上に述べた通りです。

   さて最近はバターロールに色々な物を混ぜて焼いているのですが、今日はフランスパンにも挑戦です。フランスパンは生地がリーンなので、捏ねるのや発酵は楽です。厳密にはイーストを赤ラベルにした方がいいんですが、砂糖を加えているのでふくらみは悪くありません。卵と油は入れませんでした。で、これまでは、一回に1釜しか焼かなかったんですが、並行して焼く事にも挑戦してみました。実際1次発酵と二次発酵を並行して行えば手間も省けるので、手間としては1.5倍で2釜焼けるメリットはあります。食べる方は任せてください、って所ですし。焼き上がりが楽しみです。あ、でも発酵用の小さいボールが欲しいなあ。
   ところで作業を色々していると、今の台所では致命的な問題があります。それは天板。多くのキッチンも同じでしょうが、掃除がしやすいように、天板はステンレスか人工大理石のような物だと思います。清潔にしやすいし、耐久性もあるし、便利なんですが、ことパン捏ねに関してはかなり不便です。それは熱伝導率の問題で、生地がいくら暖かくても、ステンレスだとあっと言う間に放熱して冷してしまいます。予熱を与えても空気中に放熱するので、やっぱり面倒。パン屋の麺台が木かプラスチックであった意味が改めて分かりました。

    さてフランスパンの焼きあがりですが、かなり上手く焼けました。フランスパンの味と言うのが何なのか分からないんですが、ともかくあの噛めば噛むほど甘くなるような味や、パリパリの皮は簡単に出来ました。ただ、焼く時間が本の指定だと確実に焦げるので短くしたからか、若干中が重い感じに湿気を含んでしまいました。噂ではフランスパンでは捏ねるのを控えめにして、あのスカスカした感じを出すようですが、機械の場合低速で捏ねる程度しか選べません。業務用は一応専用に近いミキサーがあります。ま、私は多少重くてもいいので、手でも捏ねてしまいましたが。フランスパンは本格的には畝で熟成させたり面倒に思っていたんですが、手抜きしても特に問題ありませんでした(一応霧吹きは使いましたが)。また粉を買おっと。

追記:古本市で100円で売ってました(涙)。タイミング悪い。

 


 

グレンマンソン

   実際にスコットランドに行った時には、スコットランドの母国語らしいゲール語の響きって、異国情緒とは言っても実感が薄かったのだが、なんか最近になってもう一つ身近に感じるようになった。スコッチである。グレンというのは谷であり、ベンというのは山である。例えばイングランド1の高峰ベンネビスは、グレンネビスという谷に囲まれている。スコットランドは侵食が激しい土地であり、イングランドがせいぜいコッツウォルズのような丘の連続のような感じなのに対し、山か谷か湖かって地形が多い。
   ウィスキーが命の水という意味の言葉の転訛で,スコットランドやアイルランドの地酒なのは知られているが、実際行ってみるとモルトをいぶす家の特徴的な屋根が見られる。ちょうど日本の蔵元のような感じで、ちょっとした所に見られるのだ。もちろん、それはモルトウィスキーの蒸留所である。そして、たいていその周辺は自然環境がよく保全されている。詳しくは知らないのだが、ウィスキーの熟成には、周囲の自然環境による菌が重要らしく、森林を保護しようとしているのを感じる。また水の確保については言うまでもない。ここらへんは森林がほとんど消滅してしまったイングランドでは難しい部分だろう。

   で、タイトルのウィスキーである。グレンを使わない、単一蒸留所のウィスキーであるシングルモルトウィスキーは一般に高価である。連続蒸留が出来ないし、熟成も確か法定期間が長かったはずだ。今までバーボン、テネシー、ジャパニーズ、スコッチブレンドは飲んだので、次はスコッチのピュアモルトと思って買ったのだが、これは比較的飲みやすいハイランドの物である。アイラ島のはピートがきついらしいので、またいずれ別の機会に試したい。で、アイラほどはきつくないにせよ、日本のは枯淡である(語弊があるといけないが、クセがないという意味)と聞いていたので、どんなキツイ味かと思ったら・・・・飲みやすいじゃん。アルコールのきつさを感じる事なく、ほとんど甘さだけで飲める。J&Bのレアの方が、私にはずっと飲みづらい。
   が、こいつ、不思議な香りがする。不快ではないが、「これってウィスキー?」と思うような、なんとも言えない香りが飲んだ時にするので、アルコールが気にならないのかも。ヨード・・・ではないだろうが、塩気がある食べ物にあるコクのような味がするので、逆にキレはほとんどない。そいつが目立って、他のフローラルがほとんど分からないというのも、欠点といえば欠点かも。で、評価すべきはその値段で、国産ブレンド一本より安かったです。なんか他にも手頃な値段でホワイト&マッカイとかバランタインとかマッカランとかグレンフィディックとか売っていたので、また試したい所です。

 


アンダーだよ

   つくづくGSXのハンドリングってば乗りづらいと実感してます。話を戻すと今日は晴天に恵まれ、とあるルートを走って来ました。まさか身近にこんな面白いルート&超有名サイトにも載ってるお化け屋敷があるとは知りませんでした。いつも違うルートから登っていたので、気が付かなかった。実際これだけ近距離に3種類もの上り口を設ける意味が分からない(ありていに言えば無駄な公共事業だ)んだけど、それだけ無駄に走れる道があるって事です。あ、でも私は峠道では普通の意味では飛ばしません。飛ばせないと言った方が近いんだけど、多分下手なライダーより速いかも、って程度です。マージンはあるんで、どうとでもなる走りなんですが、それでも今日はGSXのクセのあるハンドリングに悩みました。
    何が悪いのかと言うと、フロントとリアの行きたい方向、ステアスピードとリーンスピードのバランスが悪すぎる。やっと問題の核心に近づいてきました。つまり、ステアリングは軽く素早く曲がるんですが、リーンスピードに比べて早過ぎるために、ライダーはそれを抑えないといけません。すると肝心のリアのスラストアングルが付けられないので、立ち上がりでアンダーになるんですな。ずっとリアに荷重できないから立ち上がりアンダーなのかと思ったけれど、そうじゃなかった(まあ立ち上がりでフロントが今度素早く外を向いてしまうのは感じるけど)。
    実際平地の見通しがいいコーナーを中速で回るという理想的な場面では、それなりの対応の仕方もあるかと思います。今日はちょっとシフトダウンをしくってリアが文字通りスライドしながら回ったんですが、「ああ、回っちゃう回っちゃう(注:リアが巻き込んでオーバーステアになる)」とは思ったけれど、特に怖くはなかったです。GT501って、滑り方がスムースだねえ。ま、それはともかく、リアがオーバートラクションになれば、まあ回れます。が、偶然ならともかく意図的にそういうのは難しい。一応リアを外に回らせれば(振り出すような動作をすれば)、車体の向きは変えられますが、フロントの初期蛇角だけで回頭させようと思っても、まったくと言っていいほど曲がりませんでした。

    辻司さんの解説でよく見る、この初期の向き変えは、もちろん安全で速い走りの一つのはずですが、巻いちゃうほど曲がる場合にはどうなの?って思います。フロントのリリースを遅くして荷重を抜かず、ゆっくりリーンする?それとも、リリースポイントを奥にして、ピンポイントで向きを変える?うーん、わからん。それとも、フロントのダンパーの戻りが速すぎて、荷重がすぐ抜けるのがいかんのか?実際このステア特性はフロントだけで曲がる前乗りの街乗りだとけっこういい。でも、以前はこんなにダンパーで特性変化は感じなかったと思うのだけれどなあ。ちょっとダンパーやフォーク突き出しをいじる予定。
    そうそう、その峠道は、あっちこっちのコーナーに花束が・・・・オイオイ、勘弁してくれよ、こんな所でヤンチャすんなよ、とは思いましたが、自爆以外にも要因はあるでしょうから、なんとも。しかし、こんな場所なら幽霊も出るわ。

   話をGSXのハンドリングに戻すと、なぜここまで切れ込むのか分かりません。別段前輪荷重が足りない訳でも、キャスターが寝ている訳でも、トレールが足りない訳でもない。ううむ、酷使したフロントタイヤのびっくりプロフィールが原因か?ヘッドパイプの位置が高いのか?重心が高いのか?これがせめて3割ほどでもなりを潜めれば、ずっと乗りやすくなるんだけどなあ。それとも、バイクというのは、こういう乗り物なんだろうか?XJR1300だってそうだったし、乗り慣れればこういうセッティングで乗る物なんだろうか?

追記1:さしあたってフロントのダンパーを固めてみた。驚き。こんな乗りやすくなるとは・・・わずか1クリックでこんなになるとは。ダンパー減衰は3段階中2にしたので、デフォルトなのだが、こんな曲がるとは思わなかった。いきなり曲がるようになって気持ちよく走り回っていたのだが、今度は体の温度の方が厳しくなってしまった。3シーズンジャケットだと風を遮れなくなってしまったようだ。ま、それだけ熱く走らせてしまうという事で。
    ただ、こうすると、クリックの最弱の意味がよく分からなくなってしまった。減衰を抜く方向には全く必然性を感じないので、もう少しオイル粘度を上げても良さそうにも思うし、やや突き出しを増やしてみてもいいかも知れない。。しかし手でも滅多に引き抜けないダンパーでも、バイクに装着されている状態だとやっぱり違うのねえ。あとGSXは燃料計が生きているので、燃料が減るのがよーく分かる。それこそ湯水のようにガソリンを飲んでいやがる。確かに今はちょっと濃い目なのもあるのだろうが、勘弁して欲しい。この動力性能と引き換えなのは重々承知ではあるのだが。
    さらに与太話一つ。カローラのタイヤがバーストした。オヤジが縁石か何かにぶつけたようだ。もう歳なので、普通車でも車幅感覚が取れないようだが、車検を通したようだしあと2年は乗るんだろうな。で、タイヤをサマーラジアルに交換していて思ったのだが、「普通車のダンパーって頼りないよな」。1tからある乗り物のリアショックが、200kgちょっとの乗り物のフロントフォーク一本と同じようなサイズなのはかなり疑問。実際にはツインチューブの純正ショックはさらに内容量は少ない。ラリーカーベース車のダンパー(ランエボとか)って、異常に太く見えるのだが、重量や出力を考えると、オンロードバイクの比率はそんなもんだ。よほどスプリングが柔らかいから、あれでバランス取れているんだろうけど。

 


リアタイヤ限界か?

   上で「リアが流れる」と書いたのだが,同じ場所で遊んでみると、比較的モーションが小さくても滑ってるような感触がある。マシンの挙動で見ても、割と内側をクイクイ向くので、微小なスライドが起きているのかも知れないが、困った事にグリップ感がすぐに小さくなる。タイヤのグリップはスリップ率が3割程度あった方が高いと昔本で読んだ。しかし最近読んだ本によると、それも物によるらしく、スライド後にグリップが増大するタイプもあれば、スライドすると割とすぐに落ち込んでしまうタイプもあるらしい。それはコンパウンドなどが、ヒステリシスを重視しているか否からしいのだが、GT501はスライド側に余裕はあんまりなさそうだ。もっとも、いきなりブレイクアウトする領域に飛び込むのではなくて、あくまでゆっくりとグリップを失っていくので、パワーは掛けられないが危ないことはない、まさにツーリングタイヤらしい性格なんだろう。また対象としているバイクの重量やパワーから言っても、そういう性格が良かったのかも知れない。それに私のは製品の寿命という問題もあるだろう。一応リアタイヤの接地面は段々削れ出しているのだが、エンドではバリ溝。

   後輪です。やっぱりブロックの回転方向の前が荒れず、後ろが削れ出している。昔の映像だと、ほとんど削れてなかったから、使っているのは間違いないはずだが。

 

 

 

 

 

 

 


    もう一つ気になるのが、私の最近の乗り方。これまたある本で、どこまでバンクさせるかという事に関して「普通の人はバランス感覚があるので、自然に乗れば分かる。あなたは交差点をハングオンで曲がりますか?」と書かれて納得した覚えがある。実際以前は交差点ではリーンアウトでちゃんと乗っていたと思うのだが、最近はケツ落として曲がっている。そうしないとパワー掛けた時に起きてしまいそうだ。乗った感じでは今の方が気持ちいいのだが、街中でリーンインで曲がるのも確かに大仰ではあるんだよな。という事で、「交差点でリーンインで曲がる必要があるバイク、セッティングもある」って事で。

   追記:リアタイヤの具合を見てみた。フロントはパイロンを回ればさほどスピードを上げなくても削れるが、リアはあの程度だとこの位の削れ方なんだろうな。昔考察した通り、負荷がかかるほどリアタイヤの蹴り上げる方のブロックから削れていく。ここはCBXクラスだと見られない、ハイパワーマシンでの特徴だ(CBXのタイヤパターンやコンパウンドも問題あるけど)。また今日改めて空気圧をチェックしたら、気温が上がったからか2.7kg近くあった。これではハンドリングや乗り心地が過敏になっていてもおかしくない。もしかしたら、これもクイックなハンドリングに影響していたのかも知れない。今日はエアゲージ持って温間調整する予定だが、一応2.5kgまでは落としておいた。
   でも乗り味はそれほど変化しなかった。それよりバイクに乗って疲れるのを感じる。今日は昼間に休まないとやってられなかった。思うにスピードが上がって風が強く当るのと、加速Gが大きい、エンジンの振動が大きい、クラッチが重いなどなどが考えられるのだが、下道ならCBX125Fの方が楽かも知れない。スピードも一応出る訳だし、積載も変わらないし。

 


ビデオカメラ

  が欲しい。自分の踊りもみたいし、バイクも見てみたい。客観的にタイムを取るにも必須だし、車載カメラにもしてみたい。ってんで探してみたんだが、「これだけ長いこと売ってるのに、何なの?」ってぐらい品がないし高い。某オークションを見ても、こんなジャンクにこんな値段がついてるのは信じられない。私の感覚としては、Hi8はもう5000円の価値もないと思うんだけどなー。逆にDVは案外安く感じる。まあDVカメラが登場してから、もう結構経っているんだろうけど、あの超小型のビクターのDV1のイメージが最近なので、古く感じないのだ。で、上の使い方だと、どんなスペックが必要なのか調べてみた。
   まずCCD、ビデオカメラの心臓なのだが、これは1CCDで困りはしない。困りはしないが、以前ソニーのビデオカメラを借りていた感想から言うと、「ものすごく画質は悪い」。比較映像を店頭デモでも確認したのだが、1CCDの問題は「発色」と「ラチュード(ダイナミックレンジ)」である。解像度はスペック的にはHi8規格はクリアーしているはずなのだが(DVにしても画素的には40万画素もあれば足りているらしい)、すさまじく色飛び&ハイライト飛びしてくれているので、とてもそんな解像度があるとは思えなかった(ソニーのハンディーカムだった)。具体的には屋外だと、簡単にハイライトが白くなるし、まるでモノクロのように色ノリが悪い。1CCDで3原色を再現しようとすると、フィルターを通過させるので、どうしても色に濁りが出るらしいのと、そうやってフィルターを通過させるのを見越して感度を作ると、ダイナミックレンジが狭くなるというのである。1CCDだとダイナミックレンジはわずか100%〜200%らしく、数世代前のリバーサルフィルムより悪い。画像も精彩がなく、感覚上の解像度も水平200以下って感じだ。
    一方3CCDだとダイナミックレンジは400%ほどあるらしいので、ネガフィルムに近い感度があるし、発色も良好だ。すると人間の目には、2倍以上の解像度があるかに見えてしまう。もちろん被写体を選べば、同じよな時もあるし、マニュアルで露光をいじったりすればまた別らしいけれど、根本的な感度が低い1CCDだと偏光フィルターで反射を消す余裕もなさそうだ。

    Hi8かDVか、はもちろんDVの方が色々と便利だろう。データーリンクも良いし、データーの保存性も高い。が、Hi8でも私の使い方なら困りはしない。そもそも画質的にHi8はSVHS並の物があるようなので、信号がちゃんと来ていればどっちでもいいだろう。ただ本体サイズでは確実にDVの方が小さいし軽い。おおよそHi8の半分じゃないかな。すると今度はバッテリー駆動時間にも関係してくる。やっぱりテープが小さいDVの方が、小さいバッテリーでも長時間駆動が出来ている。同じ容量のバッテリーなら言うまでもなくDVに軍配が上がるだろう。
     そうやって考えると、下はそれこそ1CCDのHi8でもいいんだし、上では3CCDのDVが欲しくはなる(でも、それほど高いスペックでもないけど)。価格差はメディアによる差はあまりなくて、1CCDと3CCDではそもそもの製品のレンジの違いから結構ある。中古相場としては、DVでもHi8でも1万ちょっとからあるので、オークションで上手く落札できるなら、DVの1CCDとなる。Hi8が5000円であれば迷うが、現状では迷いようはないかに見える。

    が、ビデオカメラに関しては別の問題がある。それは製品の信頼性。なぜHi8製品が多く出ていないかと言うと、出ていても多くがジャンク扱いなのだ。つまり、壊れている。とてつもなく製品の信頼性が低い珍しい日本製品だと言える。実際ハンディーカムの設計はかなり無理があるのは間違いなく、あのサイズにビデオデッキと液晶テレビとカメラを同居させているのだから、当然ではある。が、それだったら、もっと無理がないサイズにしておけば良かったのに・・・と思わないでもない。結局すぐに壊れる程度の設計なのがハンディーカムだと言えるだろう。不幸な製品である。きっと修理だって無理に違いなく、つまりまともな中古がいつまでたっても市場に出回らないことになる。
    一時期は確かにHi8にもそこそこ大きいサイズの物があったと思う。今の民生ハイエンド並のサイズだった。が、それですら使うのが面倒という意見が多かったんだろう。
    

 


お家騒動

   テレビでオリンピックの選手選考会について話題になっている。私はオリンピックなぞオリンピック族とでも言うべき人達が金儲けのために開く俗悪な大会だと思っているので、それに皆出たいのかねぇ、って気分だ。聞いた所によると、近代オリンピックが開催された後、あんなに招致合戦が行われるようになったのは、比較的最近だと聞く。もちろん、ナチのように国策としてアーリア人至上主義のデモの場として利用したり、米ソ対立の発露の場であったりはしたのだが、基本的にオリンピック開催は金が掛かるので、会場を整備する方には負担。それが変化したのは、放送のライセンス料金で充分な見返りが見込めるという事が分かったからとも聞く。でも、開催国が直で放送権利を売るのではなく、その間にはオリンピック委員会が入っている訳だ。そんな訳で開催式は毎回仰々しくなるし、報道もオリンピックやってりゃいいや、って感じになっていく。こうやって世情を騒がす選考方法を取るのだって、あるいは話題作りなんかも知れない(うがちすぎ?)。都合がいい事に報道なんてオリンピック委員会のいいなりだから、長野オリンピックでの裏金帳簿が(というか帳簿が)消されていても、まともに報道なんてしないしね。時の知事がスケートを水すましだと言ったらしいが、政治の世界でのスポーツの認識など、その程度である。
    金でないもう一つのオリンピックのモチベーションは、ナチのような国粋主義というか代理戦争というかの、政治的な側面である。以前も冬のオリンピックで書いたが、オリンピックの報道は非常に偏って、その国の結果のみに固執しているかに見える。8位の日本人の方が1位の外国人より尊いかのようだ。またメダルの数を争うというのが、当たり前のようになっている。そして優勝者の国家が流れて、国旗が掲げられて、母国ではヒーロー扱い。うーん、まだゲッベルスはご健在なようだな。ま、私は基本的に自分がやらない事を他人がやっているのを見て面白くは思えないので、スポーツ番組自体あまり好きでもないのだが、輪を掛けてオリンピックは嫌いだ。あれだったらスペシャルオリンピックの方を前面にでも出したらどうだい?

    で、今回の連盟の問題はどうも「選考基準があいまい」「選考レースと選考される選手の数が合わない」「競技が非公開」「選手を見ていないかのような選考方法」と言うのがあるように思う。それぞれもっともな意見なので、いちいち注釈はつけないが、私が感じる根本的な問題は、連盟の権力志向・政治力保持の姿勢であるように思われる。なぜ以前から言われているこういう問題が解決しないのか?ああいう団体・連盟があれば、それが政治力という目に見えない形での権力をもちたがり、理不尽な力を発揮する事で権力を誇示するのは目に見えている。本来明確で実力主義であるはずのスポーツを、政治的な取引の舞台にしてしまっている、それだけの事だろう。
    私有財産を禁じた共産主義が、今度は血で血を洗うような権力闘争の舞台になったのは記憶に新しいが、どこにでも人の上になりたがる人はいるものである(往々にして、そういう人はリーダーにふさわしくないようだが)。陸連にしろ水連にしろ、そういう気配はひしひしと感じる。選手<連盟という図式が当たり前かに見える。あんまり連盟が選手のことを思っているような素振りは見られない。私も市の運動組織の取りまとめである体育連盟とやらに、市の施設を使う運動団体への連絡先を教えてもらおうとしたのだが、その連盟は何にもそういう冊子の取りまとめを行っていなかった上に、最初はそういう資料は別の部門が持っているなどというたらいまわしをされかけた。実際には、先にその部門から当って、連盟に資料がある事は分かっていたので、強く言ったところ、ないはずの内部資料が出てきた。が、今度はその連絡先がプライバシーのなんちゃらで、資料の部分的なコピーしか渡されなかった。その部署は、何にも仕事がなさそうな、恐らく市の天下り先としてご活用なさっているような人がいる、がらんとした空洞みたいな部屋だった。つまり、彼らは基本的に奉仕する仕事の意味は分かってないし、だからヒマなんである。これは国レベルでも同じか、更に悪いかも知れない。そういう人が閑居すると何をするかは知られていることだ。

    さて、これから先はかなりぶっちゃけ話と憶測なので、ここだけの印象なんだが、「連盟組織ってもしかしてヒーローや権力者をすごく嫌ってない」?今回の話で言うと、高橋を嫌うのではなくて、監督が嫌いなんじゃないか?そんな気がする。言っちゃ悪いが、あの監督は組織から嫌われそうな要素を沢山もっていそうに思われる。なんか、彼をうとんだような気がしてしまう。彼を許容してしまうと、いずれ連盟組織の分割があると思ったんじゃないか?これまたマスコミの困った点だが、表だって活躍する人だけが報道されてしまうし。でも連盟にも元選手は沢山いるだろうに(またそうでなくては困るが)、そういう人達が上手く立ち回れなかったのか悔やまれる。もっとも、選手からスポーツのパフォーマンスを取ったらただの人である。彼等には連盟にしばられて動くしか出来ないのかも知れない。それを逆手に取っていたとしたら、いやな話だ。どっちにしろ後味が悪いものを感じるのだが、まぁ私は誰が走ったって、あんまり興味はない。   

 


コンコンコロッケ

  先日新聞で町おこしの為に募集した創作料理に多数の応募があり、中学生のグループの物がグランプリだったと聞いた。近所なので食べたいと思っていたのだが、今ごろ行って見る事に。スーパーで売ってるような話があったので、すぐに見つかるかと思っていたのだが、大手スーパーではそういう物は扱ってなかった。なんだ、つまらん。駅前の観光で聞くと、すぐ近所の喫茶店で売っているということで、すぐに行ってみた。でも、喫茶店で名物料理を売るか?
   そう思っていたのだが、実際そこは喫茶店というより・・・いや、言うまい。注文してから、けっこう待った。最近は冷凍コロッケを直で揚げるが多いが、そういう訳ではないようだ。じゃあ肝心の料理の説明をすると、稲荷でコロッケの具を包んで揚げる料理である。コロッケと書いたが、中身はノーマルのコロッケの他におからや野沢菜入りがあるので、コロッケではないかも知れない。それを言えば衣もないわけだしね。なんでこういう料理になったかと言うと、この創作料理のモチーフが地元の昔話で出てくる玄蕃丞とか言うキツネだから、稲荷なんだそうだ。形もきつねを意識した形になっている。

  うーん、キツネと言われても、よく分かりませんが、それっぽい姿をしてはいます。

 

 

 

 

 

 


   さて味の方だが、まあまあいける。ちょっと油がきついので、あんまり沢山食べるわけにはいかないが、現代風の味の濃い料理である。一度揚げてある稲荷揚げを、もう一度揚げるというのが変わっているのだが、しみた味が焼けてキャラメル化して、なかなかコクがある。郷土料理というにはまだ歴史が浅いが、こういう料理を食べてみるのも、時にはいいものだ。それに、こういう形で郷土の伝承が広く知られるようになれば、これまた嬉しい事であろう。伝説のキツネと、創意工夫をしたであろう中学生を思いながら、もう一つ食べてしまった。

   余談ではあるが、今日もGSXで買出しに出た訳だが、190kmでガスがリザーブへ。ふーむ、記憶だとリザーブは5リッター程度なので、13km/リッター程度になってしまう。かなり悪い。まあ乗れているとは思うのだが、思い切ってアクセルを開けるほどはまだバランスが良くない。慣れてしまう前に調整したい。それから、体のどこが疲れるとか痛い、というのではないのだが、やけに疲れる。ほんと、ちょっと走っただけなのに、フラフラしてしまう事が今日もあった。まるでバイクに魂を吸い取られているような疲れ方だ。キャブセッティングのズレか何かで、エンジンの振動が多く発生しているのか、サスが硬すぎるのか。実際手もしびれがあるのだが、乗っていてブルブルという振動は感じないのがなんとも。まあ2500rpmから3000rpmの間は、確かにあまり気持ちよくないのだけれど。

 


 

PESとドライブモニター

  先日ニュースである企業が「エコドライビングモニター」らしいものを開発したという話が出ていた。どういう物かと言うと、アクセル操作やシフト操作をモニターして、それが省燃費走行であるかどうかを評価、音声やデーターとしてフィードバックするという物である。私はこれを見た瞬間に、池澤夏樹の小説に出てきたPES(サイコロジック エナジー セイビングの略だったと思う)の自動車版だと思った。PESは家庭やオフィスなどに据えつけて電力消費量を見えるようにする仕組みらしく、かなーりアレな商品だが、ある程度別にモニターできれば、それなりに効果があるだろう。それに、狙っている部分はかなり共通しているのだ。
   これまでエコと言うと、機械やバックグラウンド側がおこなう作業で、消費者が意識してそれをやるのは、負担やストレスだと思われていたように思う。例えば包装紙を断るというのは面倒なので、簡易包装にするとか、アイドリングストップをいちいちするのは面倒なので、オートアイドルストップにするとかね。これらは販売側がやる行為で、消費者は相変わらず何も考えずに消費していたように思う。実際個々人では、エコの効果が目に見えないというのもあったと思う。メーカーや販売店ではエコロジー活動によって、どういう効果があるかある程度実感できるかも知れないが、チリの一つ一つはなかなか見分けが付かないのだ。でも、そうやって販売サイドだけに頼っていていいのかという疑問は当然あったのだろう。で、上のドライビングモニターの登場となるわけだ。
   ニュースで見ていた限りだと、この装置の評価はかなり辛いし、ちょっとやりすぎにも思える。というのも本来は職業ドライバー(トラック)用に開発されたので、自家用車とはスタンスが違うようなのだ。でも、これまで省エネドライブを知らなかった、やりかたが分からなかったという人には、それなりに意味があるのだろう。どういう制御をしているのか分からないので、本当にあんな運転が車や環境にいいのかいささか心許ない気もしたのだが、概ねあり得ない10・15モード走行のテストドライブを目標にしているようには見えた。
   考えてみればこれまで車には、ドライバーに燃費情報を教える装置が欠如していたように思われる。確かに燃料計はあるんだが、スピードメーターやタコメーターのように、目に見える形での燃費を算出する機構は、もともとそういうエコドライブを考えてないかのような高級車の装備で、一般の車には普及していなかった。例外的に面白かったのは一部のリーンバーンエンジンのリーンバーン領域の表示で、ネットなどではこいつをいかに点灯させて走らせるかを楽しんでいる記述が散見されるが、皮肉な事にリーンバーンエンジン自体の出来はあんまり良くはなかったようで、点灯させる事がエコになるかは疑問な部分もあった。ま、人間ってのは、フィードバックされる情報があれば、それを楽しんでしまう生き物だから、スポーツドライブだろうが、エコドライブだろうが、モニターさえあればその結果(環境)をどうこうしようと思う、中々心理的に面白いアプローチだろう。
    が、私はこのドライブモニター、まず普及しないと思う。いまどきこんな装置が25万もしたら、いくら燃費向上で回収できるとしても、なかなか導入はしづらいだろう。よほど大型のトラックなどなら分かるが。むしろ小型車や普通車には、メーカーが率先して似たようなシステムを導入したらいいのに、と思う。メーカーが設計段階からこういう仕組みを組み込むならば、そのコストは恐らく2万しないだろうから。もっとも、それをやると、絶対ユーザーから「ウルサイ」とクレームがつくだろうなー。それにATシフトパターンなどは、メーカーのプログラムの優劣が出てしまう訳だし。まあ、なんでも自動化の中で、ターゲットをドライバーにしたというエコ装置は、なかなか面白い発想の転換だとは思う。

 


鹿教湯温泉

   今日は上の温泉に行ってきました。この温泉は文殊菩薩だかが鹿に姿を変えて温泉を教えたという言われがある温泉だそうで、中心になる神社は文殊堂である。ここはリハビリ施設があるので、観光地というより、ジジババの溜まり場だ。だが、立地は良くない。上田(東信)方面からはいいのかも知れないが、より近い人口密集地の中信との間には山脈がそびえている。ではどうやってバイクでいけるかと言うと、三才山(みさやま)トンネルという有料道路を使う事で快適な通行が保証されているのである。ただその道路はつまり東信と中信との動脈でもあるので、ビーナスラインのような観光道路ではない。一応山間地を走ってはいるのだが、美ヶ原の日陰道路なので、なんとも陰鬱な道だし、植生もかなりつまらない。個人的には中信と東信なぞ別県でもいいし、繋がってる必要もないとは思うけど。恐らくこの道路が開く前の鹿教温泉は秘湯で湯治客メインでやっていたんじゃないかと思う。
   さてここのメインはその文殊堂と、屋根がある橋、そのくらいかな。温泉街はあって、宿はそうとう数あるのだけれど、みやげ物屋はほとんど閉じているし、いかにもさびれた雰囲気がする。また観光案内とか道路標識とかも不親切だ。賞味100mもないメインストリートで外湯を探すのに手間取ってしまった。
   温泉は文殊の湯を使った。地元の外湯はもう一つあるらしいのだが、外部の人にはほとんどこっちのようだ。聞いたいたのとは値段が違い、建物も良かったので、恐らく近年立て替えた物だと思う。お年よりに使いやすいような工夫を感じないでもないし、立地が難しい中でよく作ったとは思うが、かなり小さいし、あんまり使い勝手がいいようにも思えなかった。ま、それはお湯とは関係ないんだし、古い汚い風呂よりはいいのかも知れないけどさ。
    で,お湯なのだが、ここは掛け流しではなかった。これだけ内湯が沢山あるであろうに掛け流しでない理由だが、もしかしたら温泉温度に関係しているのかも知れない。案外湯船はぬるかった。そしてレジオネラ菌対策として、塩素添加がされている。湯船にはいると、はっきりとその臭いがする。温泉自体は単純泉なので、他に臭いもないし、塩素って感じしかしない(一応カランからは源泉が出ているようだが)。その臭いがいやで露天風呂に出たのだが、なんと文殊堂の前がはっきりと見える。という事は見ようと思えばあっちからも見えたのか?いい季節にはなかなかの景色だとは思うが。

   さて通行料の安さと燃費の面でCBX125Fで走ってきたのだが、動力性能から言うと昼間ならばまず問題はない。大型車が坂道で喘いでいる場合、なかなか追い越す余力はないが、かといってそのペースでは気持ちよくないという問題はあるが。今日は特にセッティングが悪くて、パーシャルからちょっと開けた所に大きな谷があって、開け始めでもたつくという悪いコンディションだった。季節の変わり目や、微妙な変化があったんだろう。ニードルの調整とスクリューの調整でほとんど収まったと思うが、これならもっと楽だったかも知れない。
   じゃあ全く問題なかったかと言うと、一つすさまじく大きな問題が露呈した。それは横風への弱さ。特に今回は標高1000m付近を走る山岳道路だったので、谷をつなぐ橋の上で強い横風を受けると、それこそ転落しそうで怖かった。こればっかりは軽量なマシンで横面投影面積(そんな言葉あるのか知らないが)が比較的大きいCBXでは避けられないだろう。またGSXに比べるとここらへんの峠では問題にならないくらい取りまわしがいいのだが、グリップを感じて走るのがやや難しい気もした。GSXよりフラフラと進路を変えられるので、Gを掛けてアクセル開けてってのが普通のカーブではやりづらいし、絶対的なタイヤのグリップやフレームの剛性は低い。またフロントブレーキを多用していると、なんか不安にはなる。ノーズダイブが大きいから、一気にブレイクしてしまいそうな恐怖があるのだ。
   でもコーナーでの切れ込みは段違いに少ないので、タイトな峠道では安心感がある。50km程度までなら、さほど不安感もない。
   もう一つこの道路に関して言うと、このトンネル料金所のすぐ先に廃道がある。どういうルートかと言うと、美ヶ原のビーナスラインより一本北にある林道から更に枝分かれする道があり(一般通行は確か不可)、そいつが途中で止められているのだが、それと繋がっていたかと思う。そのルートは何度か行った事があるのだが、おおよそ今のような巨大トラックをバンバン走らせられるような道路ではないし、見捨てられてからそこそこ経っているので、コンディションも良くない(一応営林署が使うので整備はされているが)。でも、考え方としては、元はこっちが先に完成していたのだが、有料道路が建設されて廃棄されたような気がしないでもない。その林道自体が有料道路だったので、仮にこっちのルートが併走していても、使う人がいるかは知らないが。ともかく晴れた日に出かけられて良かった。今日は3月半ばってのに雪が舞ってやがる・・・

 


 

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