
流行(はやり)歌
最近またリメイクが盛んですね。単純なカバーから、メロディーだけ借りたような物まで様々です。先日本屋の店内BGMを聞いていたら、恐らく石井竜也(米米クラブのボーカル)らしき声が、ラピュタのエンディングテーマ「君を乗せて」を、それっぽくリメイクしたのを歌っていて驚きました。最初歌詞が違うから「メロディーがパクリじゃないか」と思っていたんですが、全部同じだったのでリメイクだと分かりました。声はいいんだけど、私はオリジナルの歌詞の方が好きです。あれ、実は監督が作詞になっていたような気がしたんですけどね。曲は久石譲かな?兎に角懐かしい歌に新しい命を吹き込むという意味で私はカバー曲には好意的ですし、とある人も言ってますが、そろそろ日本の古い曲には世代を超えてスタンダードナンバーとしての地位を確立した曲も出てきていると思いました。
そんな訳で、半年ほど前のアルバムですが、福山雅治の「THE GOLDEN OLDIES」というのを借りて来たました。まあ中には私の嗜好と違う選曲やアレンジがどうかな?って曲もありましたし、彼の持ち味はアコギ一本という感じがするので、マッチングの問題もありましたが、それなりに面白いとは思っていました。しかし一番刺激的だったのは、実はライナーノートの荻原健太さんの「オリジナル尊し」と言う話です(私は今猛烈なデジャブに襲われてこれを書いています。マトリックスか?)。彼は永年の経験の結論として「オリジナルを越えるカバーは少ない」と断言しています。それは決してオリジナルの歌手がカバー歌手より上だとかじゃありません。一発屋の曲を名人がコピーしてもダメなんです。それはオリジナルが、それが出来た時代時代を反映し、結晶のように取り込んでいるからで、作り手の山っ気やらなんやらまでも清濁併せ持って生きているからです。安易に万人に受けるからとカバーした曲はもちろん、その曲の新しい面を掘り起こそうと、それに真剣に向き合っているカバーでさえも、その時代性やらなにやらには敵わない、それが彼の結論です。だから悪い言い方をすれば、カバーで温故知新というのは認めるけれど、オリジナルも同時に作らないと、今を生きている意味がないよ、そういう事になると思います。
現実として時代性がきつければきついほど、カバーがしづらいような気はします。確かにカバーの方が有名という曲もある事はマレにはありますし、若い世代へのアピールという意味で(どういう訳か商業音楽は極端に若者に向いているから)、カバーの方が知名度が高いって事もあるでしょう。例えばチューリップの「心の旅」は、私なんぞ吉田栄作のカバーで初めて知りましたし、ホワイトベリーがカバーしなければ、ジッタリンジンの「夏祭り」なんてずっと知らなかったでしょう(なんか低俗なカバーばっかりだなあ)。あと原曲提供者が歌い直すって場合は、どう考えたらいいのか?って問題もありますね。ただオリジナルがオリジナルというその理由で尊い、ってのは非常に重い命題に感じました。そしてその事は結局流行歌という物の本質に関わって来ます。
「歌は世につれ、世は歌につれ」って名ぜりふがありますが、本当に深い台詞だと思います。この中の歌は多分オリジナルの流行歌の事です。私なんかがCDショップなりCDレンタルショップなりを覗くと、その膨大な量のソフトに圧倒されて、「そんなに沢山の歌が作られても、恐らく大多数はそれほどヒットする事もなく短期間の内に消えて行くだろう」事を思うと、本当に流行歌って水物だよな、って現代の過酷さを感じます。もっと時代を超越する歌を作り得ないのか?万人に広く受け入れられ、統一的価値を持つ歌が出ないのか?そういう意味で私は一時期流行歌には否定的な考えを持っていた時期もありました。が、それは多少偏狭な考えだったようです。確かに戦後は美空ひばりのような唯一絶対のスターが、ずっと同じ曲を歌っていたかも知れないけれど、じゃあ今CDのセールスが一極集中していないかと言えば、そんな事はありません。せいぜい一握りのスターが一人勝ちしている現実がありますし、その人が全部実力があると思う人もいないでしょう。だから流行歌は私が考えた通り、時代の徒花なんだと思います。でも徒花だからこそ、スタンダードになれないかも知れないからこそ、その歌は尊く私たちの心を捉えているのか?って感じがしました。そんな訳で、私の車にはスゲー「ミーハー」な曲「ミーハー」な歌手が掛かっていて、乗る人が驚く時があります。弟なんか「浜崎(あゆみ)かけて、馬鹿みたい!」とか言いますが、結局そういう事です。でも、その時代にその曲を聴く事に多少なりとも意味があるのではないでしょうか。まあ正確に言うなら、自分の感じる時代と歌が歌っている時代に相関関係なんていらなくて、要はその時々の流行歌を聴いていた、そんな事で個人的な時代性を曲に寄与しているようには思いますが。
そんな訳で、ある意味スタンダードってのは単純な時間の問題かも知れません。村上春樹が言う所の「死んで20年以上経った作家しか読まない」ってのは、時代のフルイに掛けられたという側面もあるけれど、もう一つは読者の中では現実体験として知らない位古い時代になる事で、リファレンスとなるべき指標がない、個人的に「ニュートラル」な芸術になるんでしょうか。大人になると本物が少ない事が分かる、というのは物事の否定的側面です。16才の頃は、すべての曲が新鮮に見えた、それは様々な要素が関わっているけれど、その時にはすべて本物だった、そういう事じゃないのかな。
あとは勝手なカバー曲批評です。まず最近聞いてがっかりしたのが、チャゲ&飛鳥の「YAH×3」でした。このユニットの良さって、格好悪い位の熱さやストレートさでしょ?そんなスカしたセルフカバーなんて、と感じます。余談ですが、ラジオでこのユニットの曲のファン人気投票の結果を聞いていたら、「プライド」が一番でした。みんないい趣味してるねー、私もその通りだと思いました。YAH×3も上位だったなあ。次に失敗だと思ったカバーは「夜空ノムコウ」です。この曲はスマップがあてて、後に作曲者の川村結花、そして最近作詞のスガシカオのカバーをよく耳にします。まあ川村のカバーは悪くない出来です。でもスマップほど切実か?と言われると、品質では決して負けてないとは思うけれど、なんか違う気がする。で、スガシカオはいままでカバーしてなかっとしたら、それは彼の良心だと思うけれど、わざわざカバーした甲斐がない出来だと感じる。というか、本当にこの人の曲調から生まれたのかいぶかる位、彼の曲調と合わない。さもなきゃスマップの方が想像以上に曲の魅力を引き出してしまったのかも知れない。提供者のカバーというのは本当に微妙だ。中島みゆきも工藤静だかに提供した曲をカバーしているが、本人も「自分で気付かない部分を彼女が引き出す」と言っているし、下手に自分で歌わない方がいいんじゃないか、客体化出来ないんじゃないか?って気もする。
逆に良かったカバーは「なだそうそう」だっけ?原曲にビギンが噛んでいて、結構古くから歌われているそうだが、シンプルで味わい深い。最近また沖縄のメロディーを取り入れた曲を聴くけれど、なんでこれほど簡単に現代風に合うのか不思議だ。ただ原曲をよく知らないので、もしかしたら原曲がもっと、すごくいいかも知れない。あとカローラの宣伝で、中島みゆきの「時代」の恐らくフランス語バージョン(違う歌手で)を聞いたが、別言語というも面白い。あのどろどろした世界が、おフランスのスマートな世界になってしまうのは不思議だ。
あとカバーって言っていいのか分からないし、最近の話じゃないけど平井賢の「大きなのっぽの古時計」、あれはちょっと衝撃でしたね。もうそのままでしょ。特に「けばい」アレンジもないのに、なんなんですかね。
(あんまり為になる話じゃなくて、まだ結論めいた部分が完成していませんから、飛ばした方がいいよ)
もっと正確な表現があったように思うんですが、面倒なんで分かりやすい言葉で書きます。いわゆるイスラエルとかの事じゃなくて、同じ国の中でエリートと平民が明確な生活、待遇、仕事の違いを持っているような社会の話です。現実としてある、能力やバックグラウンドの違いを追求すれば、もちろんどんな世界もグラディエーションのような分布になるんですが、社会の方でそれを解消の方向に向かうのか、ある物として認めるのか、そういう違いなんだけど、なんて言ったかなあ。
教育だと、こういったエリート主義は昭和になって解消された事になっています。というか、この種の思想の違いは結局教育において明確な違いを見せる訳ですが、それまでの日本の教育はある程度までは一般教育が行われているようで、実は違いました。小学校ぐらいまでは同じなんですが、高等教育になると「まったく受けない」組と、「エリート路線に行く」組、そして「職人・軍人になる」組が分かれていました。私が住んでいる地域は一応旧国立大学があったので、その「エリートの卵」への時として温かすぎる視線があったそうです。確か帝政ロシアが舞台の「罪と罰」で主人公の学生が一種の役人としての地位が確保されていたように、学生の時からすでに違う立場に置かれていた社会があった訳です。
この教育は今の「機会均等」という教育から見ると非常に不公平で問題が多いような制度に見えますが、その当時エリート側に居た人に取っては決して悪い話じゃないので、他界した祖父なんかは「いい時代」って感じで話す機会が多かったように思います。一言言えば祖父は決して裕福な家庭に居て高等エリート教育を受けた組ではなくて、どっちかと言うと職業人教育のルートの一番難しい部類に実力で入った組で、なんかが違えば職業軍人に仕立て上げられて南京なんぞでなんかしたり、東シナ海の藻屑になっていたかも知れません。当時のエリートは「お金」と「頭」があると本物のエリート組に、頭がある物は軍人として生きるようになっていたんですね、なかなか賢いシステムです(余談ですが、私は以前とある古物商を覗いていたら、恐らく一般には知られてない(かとても公開出来ない)戦争中の物と思われる写真を大量に見た事があります。関係ないけど)
なんでエリートシステムがいいのか?メリットは主に二つあります。一つは教育を集中出来るという事です。教育はいつの時代でも非常にコストが掛かります。先生なんて沢山いるから軽視されがちですが、実際は大学で教員免許を取ったエリートの一種です。その人たちが付きっきりで教える事のコストは馬鹿に出来ません。家庭教師なり教職を取った人なら分かると思いますが、本当に満足行く教育を行おうと思うと面倒見られる生徒の数はとてもじゃないが30とか40という数には行きませんし、相手が賢ければ賢いほどやりがいがあります。つまり限られた教育資源を一極に集中して最大の効果を得られる。別の言い方をすれば、少数の天才と多数のそれ以外を作る方法です。時代で人材の要請は変わるのかも知れませんが、本当にイノベイティブな発明発見などは30人の凡才を集めても出来ず、それより3人の天才の方がいい結果が出ます。少数精鋭の方が効果が高いのです。そして副産物として大多数を愚民に仕立てられる、という事も重要です。愚民というと言い方が悪いけど、エリートが正しい道を選んで、その通りに進む人たち、という意味です。決してエリートが楽をしているって訳じゃなくて、エリートはエリートの責任が求められます。
そういう意味で旧日本帝国は(軍部は抜かした方がいいかも知れませんが)非常に良心的な運営が行われていたのかも知れません。エリートが割と目的意識と良心を持って社会各方面で働いていたと思われる点が認められるからです。同様のシステムを持っていた他の国と比較すれば分かりますが、例えば官僚・技術者を優遇した旧ソ連のテクノクラートがなにをしたか思えば、それなりに成果を出したと思います。その根元が江戸幕府の定めた身分制度にあるのか、文明開化で模範にされた英国のジェントルマンシップにあるのか分かりませんが、平民もある程度のし上がれる社会一般の倫理観が高かったのは事実でしょう。決して平民を食い物にしている訳じゃなくて、ちょうど人間に手と頭がついているような物で、それぞれが社会で果たすべき役割が決まっていて、それに合うように役割分担しているだけです。
今現在の教育システムは、そういったシステムで作られた旧日本帝国の暴走への反省があって(主にアメリカの啓蒙主義があったと思いますが)教育は機会均等になっています。が、実際は機会均等という美名の元に極端な競争による勝敗が存在している事は言うまでもないと思います。自由競争での結果なので、結果は自己責任で、しかも優劣です。みんな頭脳になろうとして、手にはなろうとしない。しかし、かと言って普通教育を受けた人たちが、おとなしく平民になり下がれない。階層間が対立すべきように仕向けられているかのようにさえ感じます。まあそこには様々な要因(賃金格差や教育コストなどなど)があるとは思いますが、もし旧来システムが「正しい」とすれば、愚民の種への教育は始末に負えない愚民政治を引き起こすのか?とも思えます。この前提としては、集団の能力分布が避けられないという点があるのでしょう。みんながある程度の「賢さ」を得られるならば、あるいは社会全体が底上げされて、みんな手だけど頭、というのが可能かも知れません。または本当に「賢さ」の指標の問題で、どんぐりの背比べなんかも知れません。が、重要なのは本当の数値的な違いではありません。実際一言で「賢さ」と言えるほど人間の知性が画一的かどうかは疑問です。例えば一国独裁のヒットラーが、国民を道連れに戦争をしましたが、彼は天才であり凶人(なんかA-TALKが変換を拒否するのは放送禁止用語かな)という、矛盾がありますね。で、答えを言ってしまえば、実はエリートというのは集団の幻想です。自分たちとなにか違う、上の立場という証があれば、その人はエリートに「仕立て上げられる」訳です。エリート教育を受ければエリートになれるのであって、エリートだから教育を受ける訳じゃない。昔ある本で、具体的にどの程度までがエリートをエリートとして集団に認められるかを「人口の11%まで」と読んだ事があります。社会風土でその数値に変化はあると思いますが、結構いい線を行っていると思います。例えば江戸時代は農民8割、士族1割、商人が1割と言われていますし、上位カーストなんかも同じ位でしょう。
もちろん身分制度による分け方と一応能力主義なり資産による分け方は違います。大きな違いは身分間での移動が出来るかどうか、という問題と明確な線引きが可能かどうか、って点です。まあこれ以上話を広げると終わらないのではしょりますが。
ちょっと話が外れますが、寄生獣というのは一種のメタファーのように感じられます。寄生獣達は「考える筋肉」で、ある意味理想生物ですが、彼らにしても栄養タンクとして寄生主が必要です。寄生先の意志(脳)が残っていると、なぜか乗っ取りが出来ないという設定になっていますが、実はこれは結構無理がある設定で、実際途中で乗っ取りは成功しています(細胞の分化や免疫反応云々はあるけれど、他のパーツなどになれて、脳になれない理屈はない)。体の主人になれない半端者は、多くの場合寄生先の都合がメインで動く訳で、生物としては共生って選択になる訳です。運良く乗っ取りに成功した寄生獣は確かに一面では人類の敵なんですが、物語の始まりと最後の市長の部分だけ見ると、本当にどっちが理性的な判定をしているのか?って部分では逆かも知れません。例えば市長は喰われちゃいないしね。本体と頭脳が完全に乖離していれば実は一番合理的な判定が可能だし、時々寄生獣がおこなうように生身の限界を引き出せます。その寄生獣にしても、支配は一元で、強力な者に支配されれば残りは眠っているような物です。
で、正しいエリート社会と、間違った平等社会、どっちが害があるのか?社会の規模にもよるんでしょうが、私の好みで言わせてもらえば前者がまともでしょう。理由ある区別はあった方がいい。大学一年の時に古典の先生がなんかのおりに、DiscriminationとSegrigationだったかを区別しろ、みたいな事を言ったのを覚えていますが、多分そんなモンです。実際建前が平等で実質がエリート社会というのはかなり問題に感じます。例えば現在のゆとり教育から一転、つめこみエリート教育を文部省は考えているようですが、どんなきれい事でかざってもエリートは階層として存在します。本当の、非常に少数である天才を抜かすと、残りの大多数は後天的な教育で作られる作られたエリート予備軍です。つまり教育のコストを負担出来る家庭が子どもをエリートに仕立てられる訳です(親の素養もあるけど、そこは拡大再生産だから)。でも本当にエリートと呼べるほど希少ではない才能でも、コース的には大学まで行くので、エリートが暴落して、結局階層が訳分からなくなる、それが今の日本じゃないでしょうか。
うわー、とりとめもなく長くなったー。ちょっと疲れたので分析の続きは後日に回します。
カローラ・オン・スタッドレス
スタッドレスに履き替えてから多分初めてカローラを運転しました。本当にスタッドレスって性能低いですね。特に横剛性がほとんどゼロなのには感心します。雪面での面圧を稼ぐ為、またノーマルの設定でもあるのですが、家のスタッドレスは165/80SRを履いてます。サマーラジアルが175/70−13なんで、一ランク細いのもあるんですが、グリップ云々言う前に、なんか根本的に間違った乗り物に乗っている気がします。なにが怖いって、ヨーモーメントの立ち上がりが極端に遅いのもあるけれど、そのインフォメーションが全くない。ロードスターもブロックが全部倒れてから初めて曲がる感じはあるんですが、それを感じるので操作の加減が効きます。ところがカローラの方はサスがふにゃふにゃだからか、そういう気配が分からない。それに心なしか反対にハンドル切れてんじゃないの?って位初期の舵が鈍い。今日もいつものカーブで怖い思いをしました。凍結路も怖いけど、スタッドレス単体がこれほど怖いのはなんだなあ。噂だとミシュランはドライの性能も割といいらしいですが、今になって初めて、そういうスタッドレスへの需要が(主にヨーロッパと聞きますが)ある事が分かります。ただ165は細すぎるんでしょうね。もっと太いタイヤにして、サスを固めれば、多少なりとも走れる気がします。ただトヨタのあの浮いているようなチューニングに慣れた人には、路面情報がデッドな事が乗り心地がいい事らしくて、カローラも乗り心地は悪い、ってのが今ひとつ分からないようです。一言で言うとダンパーがソフト過ぎると思うんですがねえ。車を横に揺すると、しばらく振動しているようなサイドウォール剛性も変だと思いますが。
あとバイクの話題で聴いた話ですが、人間が感じているグリップ「感」というのは、実はタイヤのたわみやブロックの動きなんだそうです。もし全くたわまないレーシングスリックみたいなタイヤを履いたとしても、グリップ感として向上するかは分からない。この事は私も感覚として、ある程度分あるかな?と思います。例えばGSXの前輪なんですが、ブレーキを整備してフロントを思いっきり掛けたら、路面に食いついているのが分かるかな?と思ったんですが、減速Gは増えているのに全然そういう感じが分からなくて結構怖い感じがしました。ところが、これが多少なりともリーン気味にしてブレーキを使うとか、8の字旋回で遊んでいる時はちゃんとフロントが喰ってる「感じ」は分かるんです。GT−501のフロントはセンターに直線の溝があって、直立状態だと縦方向に動くブロックはないんですが、旋回していればそりゃ捻れます。もし、もっと高速で急制動を行えばあるいは捻れとして感じるかも知れませんが、まだパッドの焼きが今一なんで(腕の問題もありますが)。また前に書いた黒沢さんも面白い事を言っていました。それは車のインフォーメーションと運転に関する部分での話だったんですが、一番難しい操作は「車が動いていない状態から動かす状態」かそれに近い状態だと言います。その理由は、止まっている車はインフォメーションが全くないから、どんな動きをするのか予想が効かない、って事にあるそうです。多分タイヤのインフォメーションというのも、ある意味「動く」部分をいかに感じさせるか?って事にあったんじゃないでしょうか。そうなれば路面インフォメーションをふやす為にトレッド変形を意図的に起こしたかも知れないポテンザのブロック強度がどうしても出なかった理由も分かるような気がするし、今度極端に動きすぎて挙動が掴めないスタッドレスを履いたカローラがあんなに怖かったのかも分かる気がします。あと自分が車庫入れが苦手なのも、「低速走行は車操作とは関係ない部分だ」って事にしてしまいましょう。車庫入れなんて車の運転とは関係ない部分さ!
鉄細工
親が建てている家の内装で使う鉄の階段の手すりを作っている工房に行って来た(上記のカローラのドライブはそれ)。工房と言っても外から見れば単なるプラハブ小屋だし、きつい塗料や騒音が出るので、ちょっと人家から離れた所にある。結構見つけるのに手間取った。作っている物はステンドグラスとか鉄細工で、感じとしては黒塗りの割と素朴な、鉄道の駅の備品みたいな奴だ。ちょっと手作り感を出す為に、金属表面を叩いて凹凸を付けて、ちょうな仕上げの木のような感じがする。
面白かったのはそこの職人で、背が低くがっちりしていて、軽くヒゲが生えて、鍛冶屋の丈夫そうな服を着込んでいる。まるでドワーフそのままだ。工場じゃ指輪でも叩いてるのかな?と思ったが、実際はもっと大物を作っているようで、今日もフェンスとかを作っていた。エルフとは仲が悪いという話だが、工場にはエルフのような女性の絵が飾ってあった。最近は大手ハウスメーカーからもオプションとしての注文があり、ここら辺では同業がいないのもあって、営業しないでも仕事はあるそうだ。家の手すりも既に完成していたが、かなり重そうで、端が曲げただけなので、私はどうかな?と思った、まああれだけ曲がっていればぶつかるケガは考えないでいいのだろうが、今度はフックに色々引っかける気がする。階段幅が120cm位あれば、そんな心配も要らないのだが、狭い踊り場で切り、高々90cm内外の階段には、少々勝ちすぎているように感じる。ま、それはデザイナー側の問題だけどな(この人はちゃんと木のエンドをとりつけた奴も作っている)。
ただ今回そういう工場を見て感じたのだが、こういうのって見えない物を理解し、評価出来ないと分からない。正直言って慧眼を持っていない私には、非常に苦手な雰囲気がある。作り手は自分の作品に、手作りである価値があると信じているし、自信がある。発注した方もそれが分かって注文している(ハズだ)。でも私にはそれが見えていない。これがまだ機能での違いや、素材の違いであるなら多少なりとも理解する事は可能だ。例えば良く出来たイスのように、座り心地がいいとか、天板が無垢とかね(それに価値を認めるかは別だが)。ただここの金属加工は確かにデザイン的には量産品ではないが、かといって「手打ち」風であって、本当に鉄塊を打って伸ばしている訳でもない。本当に本物なのか?それが分からない。だから、こういう雰囲気の特産品とか手作りの店などを覗くと、まるで信者でもないのに教会のミサに参加しているような、相手に申し訳ないような感じがしてしまう。私も自分が見えないから、それに価値がないとか存在しないと考えるほど即物的な人間ではないつもりだが、この種の工芸品や芸術と実用品の間の手工芸品の作者は、なんか共通した雰囲気があって、それから息苦しい印象を受ける。無理を承知で比喩を使わせてもらえば、脱サラして山男始めました、生活苦しいです、という雰囲気だ。というか今日の会話を聞いていて思ったのだが、本当に注文側は彼らの良き理解者として注文しているのだろうか?って気もする。
上でイスの例を書いたが、イスにしても大量生産品が本当になんにも考えていないのか?と言えばそんな事はない。ここら辺は林業が盛んな為か、結構特注品で作られた家具を使ったレストランなどに行くけれど、それがパイプイスに劣っている時もままある。食事というのは、テーブルの上の物を食べる作業を伴う(お茶程度をすするなら別だが)。そのお店は結構いいイスがあったんだが、座面がやや後傾していて全体的に後ろにどっしりと座るイスだった。当然ながら、机にせり出す為には平らなイス以上に上体を曲げないといけなくて、面倒な思いをした。これだったらパイプイスの方がマシだ。つまり機能は目的に合わせてあって当たり前、その先になにか付加価値を付けられるか?って事になる。私が職人で偉いと感じるのは、そういう非常にシビアな世界で、自分にあるかないか分からない才能を信じて何十年とやっていくという覚悟だ。プロが実際に使う包丁なりそういう道具の職人はまだ分かる。ほとんど芸術に近い所でやっている人や、もっと言えば芸術家って下手すれば一生認めてもらえない中でやっている訳だ。芸術家は逆に認められないのが先進性の現れと言っていいぐらい生きてる内は世に出ない気がするが、職人はそうもいかないからなあ。
家の工事
家の工事はそろそろ佳境にさしかかり、納期に間に合わないのが素人目にも分かるようになってきた。連日詰め込みで色々な業者がひっきりなしにやってきて、近所にいい迷惑をしている。出来ない約束ならしなけりゃいいんだけど、日が長い夏に限って普通に上がって、この寒い中夜中まで働いているのは大変だなあ、と思う。実際仕事をやっていくと、色々手違いや予想外の手間が掛かり、全体のスケジュールが把握されていない段階だと、つい凝ってしまう部分があるんだろう。他の業者だと、もっと手早く仕上げてしまう、という「同業者」のなぐさめもあって、好意的に施主は考えているようだが、人手があれで家が建つ方が私には驚異だ。
ただ上の話もそうだけど、こういう種類の家にどんな価値があるのか、最近の情報社会で中間マージンやらなにやら知っていると、本当に信用出来る所でないと自信がない。結局素人がどんなに勉強しても、その工程の手間やコストや技術の評価を出来る訳じゃない。だから最近は第三者の専門家によるチェックを入れている所もある。大手の建築も実際の施工業者は地元の下請けの場合が多いから、メーカー側の監督者がチェック役のように現場を回っているらしい。しかし一人で10個も現場を任されてチェック仕切れる物でもないだろうけど。しかしこういう狭い世界だと、建築業者も一つのギルドを形成していて、どっかが受注すれば他の業者もほぼ自動的に決まってしまう。本来は一つ一つの工程を入札制なりなんなりにして組み立てる方法がいいと思うのだが、その場合は設計者がそこら辺を全部取り仕切る形で頑張らないといけない。まあいいや、最初から期待していない作業だし。
信用に関しては今日は母屋の電源が落ちた。母屋で使っている電気は確かに少なくもないが、経験的に落ちるような電量ではない。で、電気が落ちた時に、なぜか別電源で仕事しているハズの工事中の家でも「アッ!」という声が聞こえてきた。工事用は別のブレーカーを使って、費用もなにもかも別系統である。ところが、なぜか前から、母屋の外壁についている庭で使うコンセントに電源がつながれて、それが工事現場で勝手に使われてる。どうしても落ちては困る電源で最低限使うのなら分かるのだが(例えば・・・あんまり思い浮かばないなあ)、結構太いコードだ。で、その先を後で見てみると電気ポッドだの電動工具などが当然のようにつないである訳だ。そんなのつなげば1000W位消費する訳で、そいつで本家のブレーカーが落ちた訳だ。ま、皆まで言う事じゃないけれど、そういう程度の信用な訳だ。大体本家のブレーカーが落ちて照明が落ちて、お手元の工具が止まれば、なにを考えればいいか分かると思うんだけどね。
感心するのはパソコンで、2度は起動中にブレーカーが落ちた覚えがあるが、その時も起動にロックがかかったけれど、時間がたったりコンセントを抜き差しするとちゃんと再起動が掛かった。そのままだとバイオス画面さえ出ない所を見ると、恐らくMBにヒューズかなんかの安全回路があって、状況が変わらないと起動が出来ないようになるのだろうけれど、どちらにせよHDDも落ちなかったし偉い偉い。昔はホント一発でディスククラッシュって話も良く聞いたもんな。
元ちとせ
今頃ファーストアルバムを借りてきて聴いてます。弟のカードで借りているので、弟のリクエストを取り入れたんですが、「王様の耳はロバの耳」的なイノセンスがウリの私は、この人の声が「100年に一人」ってどうも分からないと言わせてもらいます。というか最近は素の声という事が少なくて、どんな録音でも多重録音やら残響とかやっているので、化学調味料で舌がダメになっているような物かも知れませんが、仮にこの声がノーマルで出るとしても、「ちょっと特徴的」って程度で、それが良い悪いというレベルにないように思うのは私だけでしょうか?確かにこの人の声はやや倍音成分に特徴があって、木管楽器(オーボエとかクラリネット)のように、ややウツロに響く傾向はあります。うろ覚えですが、確か第一番目の倍音が少ないとあんな声になるんじゃなかったかな。短音で聞くと確かに不思議な感じはしないでもないんですが、歌で聞くと「声をつぶしたハスキーボイス」とあんまり違わないような。あと独特の節回しによるテクニックがどうなっているかですね。
ある人(正確には複数の人が書いているが)の大ヒット「わだつみの木」を好意的に書いているサイトを読みながら、私は上記のように疑問に思った訳ですが、そのサイトの過去の批評曲を見ていながら「こういう事なのかな?」というのが、うっすらと分かりかけました。一つは、まずこの対極にあると思われるELTの持田かおりです。私は彼女の歌は非常に上手いと思うんですが、あんまりそういう事を言う人を聞きません(人によってはインスタント食品扱いしているかもね)。このサイトの分析によると、彼女は上手いけれど、実にあっさりと歌って、上手さを感じさせない。一つはカラオケで歌える曲っていう、現実的で商業的な理由があるのかも知れませんが(冗談や皮肉じゃなくて、カラオケのチャートでこのバンドはかなり上位にある)。もう一つは小柳ゆきとか、最近のパワフルで歌唱力が抜群な人たちです。このサイトでは元ちとせは、それ以上のなにかがある、と言っていますが、まあ方向性としては「上手さ」や「歌唱力」を前面に立てている人たち、という意味で同じでしょう。
乱暴な分け方ですが、自分の好みのベクトルで見るとかなり有効な分け方です。歌が上手い、それを上手く歌う、それは立派な事で、そういう人で好きな人がいない訳じゃないですが、ずっと聴いていると歌唱力のインパクトだけが目立ってきて、歌詞が全然耳に入っていない事に気が付きます。最近の歌詞は段々コンテキストが消えて、ほとんどイメージ性のあるフレーズの繰り返しが増えているように感じるんですが、そういう歌が多いような気がしてしまう。例えば先日芸能人がカラオケ曲、歌詞を見ないで通して歌えたら何万円!ってバラエティーでやっていたんですが、我ながら1番と2番が混じるどころじゃなくて、サビしら分からん!って感じで驚きました。そんな中で、ほとんど正解に行った曲を見ると、ちゃんとコンテクストが生きている、古いタイプの歌なんですよね(例えばZONEのシークレットベースとか)。私もそれほどちゃんと聴いていた訳じゃないのに、結構分かりました(声で歌ったりはしませんでしたが)。
正直上手いだけの歌手がどれほど受け入れられるかのは疑問があります。最初のインパクトを維持するのは無理で、なんらかのプラスアルファが必要になります。歌手は歌が上手い人、というのが普通の考え方ですが、上手いに越した事はない程度だと私は考えるようになりました(決して大衆は耳がないから、って否定的な感じじゃなくて)。「わだつみの木」にしても、比較的分かりやすく繰り返されるメロディーラインと歌詞があったからあれだけ受け入れられた、そうは考えられないでしょうか。昔松田聖子の声が日本人に一番受け入れやすい、なんて嘘かホントか分からない話を聞いた事がありますが、声だけの話をすれば私はもっと実が詰まったような、破綻がない声や音が好きです。昔友達とも話したんですが、フルートの音って今一だよね、あんまり高く感じない、って話になりました。アタックが弱いって事もあるんですが、私には倍音成分が少ないって事が影響しているのかな?とか考えています。ま、極端な音域をつかったり、がなったりしない、極端な例としてはユキサオリの童謡みたいな声になるんですかね。歌詞にもよるんですが、結局そこら辺の声が一番認識しやすく歌詞内容が心情的にわかりやくなる、そういう事じゃないですかね。
それにしても結局エーベックスの手のひらで踊ってるみたいでやだなあ。
バイク近況
もう年末も間近なんですが、なぜか今頃がバイクシーズン気味な私は、昼間暖かい時を見計らって乗ってます。真冬は怖いよなー、とか思っていたんですが、よく考えてみれば日中も氷点下って時はほとんどない訳で、マイナス1度内外を走る事が出来れば、年中日中なら走れない道理はない事に最近気づきました(凍結・降雪路を除く)。大体真夜中にツーリングしている方がおかしいのだが。オイルクーラーの遮熱板の方は、真冬にはあった方がいいように感じます。もし多少オイルクーラーの放熱量が減っても、実際にオイルで冷やしている部分は「3割」という噂で、残りは空冷状態らしいので、それが1割5部になっても大勢には関係しません。いつもオイルが焼けているような感じがする真夏の油冷ですが、7割が空冷ならさもありなん、って所でしょうか。
さてブレーキパッドのちゃんとしたインプレをしないといけないのですが、根本的な部分で操作が全然変わってしまったので、パッドのインプレとして適当かどうか気になります。あんまり大きい声では言えない事かも知れませんが、これまでのパッドだと仮に100km出ていたら、制動距離は多分120m内外は必要だったと思います。純粋に急制動を行えば、もっと制動が効くのは分かるんですが、バイクは普通はポンピングブレーキを励行するので、安定して止まるという意味だと私の限界はそんなモンだと思います。まあ実際の数値は良く分かりません。なかなか100kmから停止までの急制動なんて日常でする機会はないし、仮にやったとしたらって話です。
ところがシムを外してパッドを換えて、焼きを入れる過程でかなり急制動をやっていて感じたんですが、「おい、もっと急制動出来るじゃん」って事が分かり出しました。シムが入っていると、立ち上がりが鈍くなるだけじゃなくて、握り込んでも制動力が上がりきらない、ってのもあるだろうし、パッドが上滑りしなくなったのもあるだろうけれど、一番の違いは安心感です。握り込んでFサスが沈んで、Rサスがふわついだしても、なんか安心感があるんです(もちろんノーズダイブが酷すぎると、手前にホッポリ出されそうになりますが)。極端な感覚としては、全体重・荷重が、Fタイヤに掛かってグイグイ押しつける感じ。上で「GT501は直立ではグリップをあんまり感じない」と書きましたが、すみません間違いでした。本当にコンパウンドの性能の中なら、まだまだずっと上にグリップの感触があったんですね。ま、あんまり荷重掛けて滑ると私の腕だと怖い(スピードもよっぽど出てないと、そこまでロックはしないし)んですが、全般的に「減速Gがこんなに気持ちよかったなんて!」って感じです。
あとエンジンの方はカウルを付けて、風圧が減った状態で乗ってみましたが、やっぱり良くなっています。特に5000rpmからのトルクの盛り上がりの部分が、凄い不思議な感触・レスポンスを生んでいます。これまではメカノイズは増えるし、振動も増えるけれど、パワーもゴリゴリと出て「アクセルオンで使う分にはいいけれど、クルーズだと使いづらい」って程度だったんですが、今は「高いギアで5000rpmからアクセルをワイドオープンにして行くと、まるで真空の中から推力が出てくるような」変な感じがします。単に振動が少ないというだけじゃなくて、トルクも出ているんだろうけど、それもあんまり明確に感じない、ふんわりとしたトルク感です。
想像ですが、これはアクセルを割と開けている事で、吸気抵抗が減ってポンピングロスが減り、結果としてロスが減る方向でパワーが出ている事が原因かな?と思います(実際にはここら上7000位までが燃料消費率では一番いいです)。もちろんアクセルを大きく開けているから、下のギアだとスピードが乗りすぎる訳ですが、上のギアなので気持ちいい加速感だけを楽しめます。良くレースキャブとかインナーパーツキットでレスポンスを上げるというのは、多分ここら辺かな?って気がしないでもないので、負圧キャブのダルな所かも知れませんが、私は結構好きです。
ちなみに低速のレスポンスとかツキは、負圧とかあんまり関係ない位いいと思います。これまで「クラッチレスシフトアップ」が、結構めんどくさい技術のように書いていましたが、エンジンが調子よくなったらなんでもない、無意識に出来る技術になっていました。燃焼が均一で回りがスムースになったのと、レスポンスが上がったのが原因でしょう。また8の字をやると、前の感覚ではアクセル操作にシビア過ぎます。そろそろ近所の練習場所が手狭になったので、更に山奥僻地で練習したんですが「アイドルでのトルクが上がっているので定常速は速い」→「アイドルを絞って速度を落とす」→「今度は曲がる所でパワーが落ちる」→「アクセルを当てる必要が出てくる」って感じで、最初は苦労しました。
ところが、ある程度カンを取り戻してくると、非常に細かい操作にも付いてくるので、面白い。これまで私の乗り方はフロント乗りならフロント乗りで、車体を倒したら結構バイク任せでアクセルは開けず我慢という感じでしたし、起きるバイクを外足で押さえつける感じで多少フロントをコジッている感じでした。これだと舵角を目一杯付けた上に、車体を結構倒せるので、小回りという意味では回るんですが、今一タイヤの接地感がないし、上に述べたようにフロントが逃げないよう我慢が必要です。あと切り返しで立つ時に、ちょっと嫌なケツを振るような感じがあります。で、今日は入りはイン荷重で寝かせて、その後定常円になってからも、タイヤの接地しているエッジの内側に体重を載せ、なおかつバイクの重心(上下方向での)に乗ってやるつもりで回ってみました。そうすると、同じ8の字でも、全然安心感が違います!アクセルを開けてるのに全然不安感がなくて、タイヤが前後ともしっかり食い付いているのを感じられます。感じとしては白バイのスラローム走行なんかに近い、体をインに入れる感じです。あれはバンパーの接地とか他の要素もあって、ああやっているんでしょうが、比較的安定するように思います。最後の方だと「これ(バイク)と自転車と、やってる感じなんて全く同じじゃん」というようになりました。自転車を外足で押さえるって乗り方は普通はしないし、もししたとしても、バイクほど立ちが強くないのであんまり感覚として参考にならないでしょうが(大体ハンドルでこじるハズだ)、この乗り方だと自転車とあんまり変わりません。アクセル入れるタイミングなんかも、自転車のペダルをこぐのと同じです。
ちなみに、この乗り方も一応フルロック状態で回ってはいたんですが、後でタイヤを見ると、エッジは全然使えていなかったし、フロントもこじった跡は全然見られませんでした。つまり寝かせられていないんですが、乗った感じでは決して旋回半径が大きい、という感じはしませんでした。予想ですが、タイヤに充分に荷重をかけられて、なおかつフロントとリアのキャンバースラストやグリップを引き出せるので、フロントだけ頑張るという事がないのかな?とか思います。寝てないのは、まだ私の乗り方がヘタレだからでしょうが、この乗り方でそこまでやったら、膝擦るどころじゃないような。細いタイヤだと、そこまで使えるのか疑問です。
そういえば今日はバイクを引き回しでこかしてしまいました。庭には砂利止めに木材(1.8m位)がうめてあったんですが、誰かがそれを抜いて、その穴を埋めて置かなかったから、その穴にはまった時に大きく逆バンクして終わりです。まあ穴が見えなかった訳じゃないので、うっかり忘れていた私が悪いんでしょうが、大工ぅーって感じです(でもトラックに踏まれてボロボロになった木材は、シロアリを呼ぶので、抜く事自体は分かりますがね、埋めておく位の気働きが・・・)。バックミラーが中破ですわ。ところが不思議な事に、以前予備パーツでもらった中に新品のミラーがあって、多少ボルトが曲がっていたけれど、なんとか付きました。多分セットでないと出ないとかだったんだろうな。
4発と3発
GT2もメーカーのワンメイクレースは全て制覇、達成率100%か!と思ってみると、まだ4%ほど残ってます。一つはライセンスが全部金ではないのがあるんでしょうが(これは非常に厳しい条件だ)、もう一つはダートの方でパイクスピーク・ヒルクラムに「とんでもない化け物」がいたのを忘れていたからでした。ダートイベントはレース形式ではなく、タイムアタックなんですが、賞金が通常の5倍の難レースがあって、そのレコードを出している相手がスズキのエスクードとカルタスだったかのスペシャルマシンなんですが、かなり反則級です。まず車重が800kg台で、まあこれは不可能ではない重さです。しかしパワーがカスタスで800馬力、エスクードでほぼ1000馬力と、「そんなのドラッグマシンか飛行機じゃん!」って馬力です。どうも1500ccのエンジンを二基搭載しているようで、WRCマシン程度だと歯が立ちません。ストーリアのスペシャル(800kg−500馬力)でもついていけません。結局同型マシンを買うしかないんですが、そいつらは2億クロームとスペシャルの中でも非常に高い。ワンメイクの為に資金が5千万クロームを切った私は、こいつらのために賞金が高いレースを頑張るしかないようです。ゲーム日を進めずに高い金額を取れるのはGT500、ワールドリーグ、エンデュランスのグランバレー300km耐久とかなんですが、それでもせいぜい5千万クローム。つまりあと3回やって、プレゼントカーを換金して、って所でしょうか。
まあ、そこら辺を抜かして最近いくつか発見した事なぞ。それがタイトルの4発か3発かという話で、当然3発は軽自動車ぐらいです。エンジンの気筒数は、少なくするほど慣性質量は小さく出来るので高回転化が可能になる反面、フリクションが増え、本体重量が増え、サイズやコストが大きくなり、低速トルクが痩せる傾向にあります。なんだ、全くいい事がないなあ。でも実際に12気筒とか10気筒とか言う化け物エンジンに限らず、気筒は減る傾向にあります。理由の一つは部品の製造・設計精度があがって、多少の振動ならバランスなり制震出来るようになったからでしょう。また一気筒当たりの排気量のベストバランスというのがピストンスピードやSB比、SV比などから決まっていて、大体300ccから500cc位と言われています。これを当てはめると4気筒では1200ccから2000cc位が効率のいいところ、という事になり、そういうエンジンが多いです。
軽自動車は昔2気筒もあったようですが、今は3発が主で、少数になりますが4発も存在する程度です。高回転化を考えれば当然4発が有利で、例えばセルボのF6Bなんか一万回転とか回ったそうです。でも軽自動車はコストが特に厳しいのと、気筒当たりの排気量が非常に不効率な所に行ってしまう事、ターボの併用で低速トルクが太らせられる事などから、スズキはほとんど3発、ダイハツ・ホンダが半々、ミツビシ・スバルが4発好きって所だと思います。実際ゲームで遊んで見たり、家のアルト(当然3発)に乗ってみると、3発は高回転ですごいよどみを感じます。まあ家のアルトは元々規定の回転がそこら辺なんで、特に高回転云々は関係ないんですが、ワークスなんかいくらチューンしてもトルクが5000位から急激に落ちて、パワーカーブがその上でフラットになっています。最初ターボが低速重視なんかと思いましたが、でっかいカタツムリを付けてもその傾向は収まりませんでした。正直660ccを3で割ろうが4で割ろうが、部品の重量云々は元々低いので、慣性重量なんて物は無視していいはずです。そうなると、その違いは振動特性の悪さなんでしょうか?上でバランサーがどうこう言いましたが、それは特定領域では有効でも、高回転になると補正のズレが出たり、バランサー自体の慣性が大きくなるというデメリットがあります。そこら辺なのかなあ?逆に4気筒を積んでいるダイハツ車両だと、パワーカーブは綺麗な右肩上がりをしています(でもムーブのは大きな谷というか、変なピークがある)。同じチューンなら、ワークスよりパワーも出るし速いようです。
ところが、同じ3発を積んでいるハズのカプチーノだと、事情が違いました。K6かF6か分かりませんが、なぜかこっちだとトルクが上でタレない、綺麗なカーブが掛けています。当然タービンを換えると、ワークスはおろかムーブよりパワーが出ます。一体何故だ?カプチーノのエンジンは特殊なんだろうか?そう思って調べて見たんですが、実際ダイハツの4気筒よりスムーズである事は間違いないようです。メカ的にカプチーノ専用なのか、ワークスと同じなのか分かりませんが、ロードスターショップのHPで「B型エンジンよりずっといい」と言われている(F6Aの方でも)ので、そういう物なんでしょうね。つまり3発、4発というのは、実際にはそれ単体で考えても役に立たない話という事になります。3発で同じ性能が出せるなら、気筒が少ない方が全ての点で有利な訳で、スズキが3発に走る意味が分かる気はします。ただワークスの特性は頂けないですよね。
一つの話としては「カムが違う」という事を聞いた事があります。ゲーム中の改造ではカムを換えてないのかも知れませんが、NA用のカムを使うのは定番なんだそうな。カムでピークはかなり変わりそうですね。あと一つはターボとの相性です。結局軽自動車は4発にしても3発にしても過給器のお世話にならないとパワーが出せない。ところがターボの効率はベストポイントがあるから、エンジン側だけ高回転化してもついてこられない。ワークスのカーブを見ると、さっさと立ち上がる小さいタービン(噂だとAR比が0.6とかのおとなしいタービンだったはず)を下から効かせる変わり、上では背圧が上がってもう回らない特性が見えてきます。するとパワーバンドが高回転によっても、結局うまみが出せない事になります。もちろんタービンを大きくしてやれば、本当なら高回転型になっていいはずなんですがね。こうして見ると、タービン付きって、そっちとの関わりもあって楽しそうだな。
ところでGT2でダメ車でのレースを強要されて、いささか嫌になっている所なんですが、使いづらい車の特徴がいくつか分かってきました。よく車は軽い方がいい、と言われて、実際トミーカイラのZZとかロータスのエリーゼとか期待していたんですが、そこら辺が本当に乗りづらい。原因は安定性の低さです。つまりショートホイールベースでミッドシップとで軽量と、回る要素が多すぎる。するといくら軽くてもコーナーでスピンが怖くて踏み切れない。踏めないとますます荷重が抜けてアンダーが出る、という悪循環に陥ります。この特性にはうんざりしました。あとワンメイク制覇は、お金の都合とレースになる腕の問題で、チューンしてもタイヤに関してはノーマルかせいぜいスポーツだったんですが、タスカン・スピード6だけはレーシングスリックを使わないとコントロール出来ませんでした。TVRって本当にじゃじゃ馬ばっかりだけど、なに考えて作ってるのか不思議です。
波動系添加剤
ちょっと前から「波動ブーム」が広がっているが、常識から言うとほとんど「電波」と同じような感じなので、非常に評価が難しい。メーカーがカタログで言うほどの改善がある物はほぼないと思っていいだろうが、それでも実際に変化がある可能性は報告されているからだ。先に結論を言えば、健康関係という非常にセンシティブな分野以外だと、波動の効果をコストでペイするのは無理だろう。ガソリンだといくつかの会社から、恐らく基礎技術が同じ製品が出ているが、恐ろしく高価である。一番ベーシックと思われるクリスタルC3000にしても、添加率が1/3000だとして10%燃費が向上したとしても、添加剤が200ccで2500円位していては、普通のエンジンだとペイしまい。例えばリッター10km走る車が11km走るようになったとすると、大体10円/リッターほど安くなるが、添加剤が0.3cc必要で、そっちのコストが4円位になってしまう。本当に10%上がれば確かにそれでも6円の得なんだから、凄いことなんだけど、実際10%もアップはしないのでは?って疑問がある。もし5%だとしたら(これ自体も悪くない話ではあるが)、手間を考えるとほとんど同じになる。これが燃費が余程悪いエンジンで本当に10%改善する、というのなら確かに運送業が使う意味はあると思う。
そう思って改善率をちょっと調べてみたのだが、結構いいみたいだ。燃費比較ほど難しい物もないんだけど、10%改善が燃料側から簡単に出来るとすれば恐ろしい事だ。なにしろ逆に言えば10%が熱なり排ガス成分として捨てられている訳だしね。ただ一つ二つ疑問はある。原理については分かりやすいようで分かりづらい。そこには立ち入らないが、もし本当に良く燃える波動云々を記憶させられるなら(一体なんの波動を転写したんだろうね?ニトロ?)、私なら鉛の波動でも転写してハイオク仕様にして点火時期でも進める。良く燃えてくれては困るんじゃないか?実際の所、この商品はガソリンとディーゼル兼用で、つまりセタン価を上げる製品がオクタン価を上げない訳にはいかない矛盾がある。もっとも、ここの製品の改良版及び上位番に当たる商品では、ガソリン専用でどうもハイオク化に近い製品もあるので、そういう物かも知れない。あとは値段への信頼性である。こんな怪しい商品があちこちに出回った背景には、これは技術コスト(言ってしまえば特許ブランド料)が多くて、利幅が大きかった事が影響しているように思えてならないし、事実暴落価格で特売されているケースもまま耳にする。価格信頼性が薄いのだ。まあ機会があったら使ってみるかも知れません。あと同様に燃料に極少量入れて燃費を上げる商品は結構出回っているようだ。
また不思議なのが、このネクストジャパンのクリスタルC3000は、最近強化品に当たる8100Xαという製品をエルフオイルにおまけで出しているのだが、それを売っているのを見かけない。当然どんな製品か分からないのだが、どうなんだろう。逆にC3000に関しては、当初扱いしていた所が、名前を変えて売っている。例えばトラックリンとか、パッケージも500mlボトルになっている。値段も若干割安になっているようだが、割引で売られている物よりはまだ高いと言った所だ。高い方ではアタックレーシングの燃料添加剤が恐らく3000と8100の変種なんだろう。効果に関しては見た中だと原付などで体感しやすいらしい。またアタックレーシングも小排気量での効果の方が分かりやすいと言っている。確かに普通車より軽の方がオイル添加剤やその他の改造でも、効果が見えやすいのは事実なので、より厳しい条件の方が効果が高いのだろうか?ここのHPのマフラーの写真は結構面白い。好調だとああなるはずだよな、きっと。
追記:ここら辺では「怪しい商品」として撤去が完了してしまったようで、ホームセンターなんかだと売ってませんでした。YHとか自動後進に行けば売ってるとは思うんですが、値段とか考えるとわざわざって思います。あの店自体が「怪しい」し。あとGTXオイルのその後ですが、始動ちょっとしてマフラーを見ようと車を止めたら「ホースでも突っ込んでるんか?」って位水がバスバス吹き出てました。そうだよ、これだよ。しかし少し走ると油圧が1.2kg/850rpm位まで落ちてました、ダメじゃん。まあ油圧が落ちても、ちょこっと圧縮は上な感じだし、マフラーのススはまだ微量なんで許せる範囲ですが、最初の粘度を維持出来るのはホント100kmとか、そんな物ですね>多くの市販オイル。ちなみに、この位でも4kg/3000回転前後まで油圧は上がるので、マニュアルの規定の範囲ではあります。
追記2:ディーゼルに混ぜられる添加剤ですから、この種の物をストーブなど灯油に混ぜる人もいるみたいですし、商品自体がそういう使い方を薦めている場合もあります。ホームセンターに行ってみると、石油に入れる添加剤や改質剤の類も発見しました。最近の温風ヒーターは、触媒やら還元やら使って有毒ガスの発生を抑えているんですが、古いタイプや開放燃焼タイプ(対流式とか)だと、段々不完全燃焼が増えて臭いがきつくなります。そこら辺に「効く」というのがウリみたい。実際は完全燃焼させる事で熱発生効率も7%ほど上がる、と書いてある商品もあるが、なかなかその種の事を比較・体感するのは難しいように思う。
ただ車で効果があったと思う物をストーブで使ってダメなハズはないので、今ちょっと対流式ストーブのタンク下部にDSEの銅箔サンドを貼っている。ここは対流式の場合上昇気流の吸い込み口にもなっているので、燃料だけの影響か分からないが、まあいいだろう、良くなるかどうかだから。効果は一日目から「不明」、なにを比較したらいいのか分からない。点火時はさすがにどんな改良が行われてもガス臭さは出るし、消化してもそれは出る。それを人間の感覚で比較するのは結構難しい。排ガス検査機なんて持ってないし。ただ着火直後の炎の安定性というか、青色燃焼領域は増えたように感じる。この種のストーブを使った人なら分かるだろうが、炎の色が燃焼温度、つまり燃焼効率を表していて、ガスコンロのように青い炎はほぼ完全燃焼、黄色がやや悪く、赤い色になっていたら不完全燃焼でススが発生している。燃焼が良ければ、すぐに青い領域が増えるのは当然の事である。
ところが今日ストーブの説明書を読んでいて発見したのだが、どうも私は燃焼を絞りすぎていたようだ。本当は黄色い炎が結構大きく出ている方がいいらしい。このストーブはコロナだが、似たような対流タイプでブルーフレームという機種(アラジンとか書いてあったような)だと青い炎がいいのだが、コロナだとそこまで絞ると「一酸化炭素が出る」なんて書いてある。絞りすぎて空気が悪かった使い方が悪かっただけかも知れない。点火や消化時の臭いについては、どの程度軽くなった、という比較がやっぱり難しい。人間の嗅覚にそれほど立派なメーターはついていないしなあ。
チェーンテンショナーの訂正
雑記22でテンショナーの存在位置が引く方だから、ゆるめばバルタイが進む、と書きましたが、SMを見たら油冷エンジンは逆回り(車体左から見て時計回り)でした。つまりテンショナーはチェーンがクランクのカムスプロケット引かれている方じゃなくて、ヘッドに戻る方についています。まあ残りの部分の話は以前しました。なんでこれを間違えてしまったのかと思ったんですが、エンジンの軸数にあります。最近のエンジンは小型化が進んでクランクシャフト→インプットシャフト→カウンターシャフト+ドライブスプロケという3軸構成になっています。つまりクランクの回転方向が、スプロケと同じ訳です。が、私の不確かな記憶をたどると80年代半ばまでは、バイクのエンジンは4軸だったような気がします。つまりもう一つ間に動力伝達のギアがあって、ちょうど逆回転に動力が伝わっていた訳です。なんかニンジャだったかCBだったかのパワーユニットの説明で、「軸を減らし軸間を詰める事でエンジンをコンパクトにして」云々読んだ気がします。確かに古い時代のエンジンを見ると、結構ミッションがシリンダーの後ろに長く伸びているのが分かると思います。そんな事を考えていたのか忘れましたが、その時は「スプロケが回る方向がこっちだから・・・」と4軸エンジンのように考えてしまったようです。あと当然ですが、二軸V型エンジンとかはその限りじゃありません。どうやってパワー差を吸収していたんですかね?
あと以前から不思議だったのが、「なんでイタ車でタイベルを頻繁に交換しなければいけないエンジンを、チェーン駆動にする改造キットとか出ないんだろうな?」って事です。噂ではフェラーリは5000km、ランチア・デルタも3万キロとか聞きますし、整備性って言葉を知らない人たちが設計したのか、毎度エンジン外してどうこうって聞きます(ランチアは多分FFベースで、カローラと同じ程度の問題だと思う。ベルトを掛ける時だけ、エンジンを支えて居ればいいのだろう)。フェラーリの話は、4バルブだと合計48バルブもある訳で、当然ベルトも痛むし、万一切れたら48本逝く可能性もある訳で、無視する訳にはいかないという脅迫観念じみた物を感じますが、それだったら切れないチェーンにしてしまえばいいのでは?実際油冷エンジンでも、ちゃんとテンショナーが働いていれば音なんてまず問題にならないし、ましてや消音器の役割を知らないフェラーリがそんな音を気にするとも思えないのだが。またニッサンのSRエンジンなんかもチェーン駆動だ。昨今の技術革新で、ベルトからまたチェーンにトレンドが移っているらしい。で、一回数十万というタイベル交換費用を考えたら、チェーン駆動にするなんて造作もない事だと思うのだけれど、やっぱり専門店はそれで食べているから、自分の首を絞めるような製品は作らないのだろうか?それとも今のフェラーリは、ちゃんとチェーン駆動になったんだろうか。
波動系添加剤リポート−1
この効能は半信半疑だったのだが、かなり信頼出来る筋でも使われている事を鑑みて、試しにクリスタルC3000を使ってみた。50mlで1000円位するので、かなりお高いのだが、1/3000で使えば150リッター分にもなる。クレのパワーブースター(これは効果があるのは確か)が50リッターに1000円で一本な事を思えば「そんな物かな?」という感じである。まあ、このサイズはほとんど「お試し用」なんだろうとは思う。みんな疑うよな、これじゃ。これで効果があれば、大瓶でもなんでも買ってくれ、という所だろう。
C−3000 S ってのが気になりますね。小さいサイズって事なのかなあ?こんなのがいい値段している訳ですが、オクタンブースターとかだって、本当にそんな値段がするのかはアレですしね。むしろ疑問は、その原料の石油精製物をガソリンに混ぜて平気か?って部分です。昔雑誌の企画で「ガソリン車にディーゼル燃料を入れたらどうなる」って奴を見て、確かある程度の混合率なら黒鉛吹きながら走った気がしたんですがね。ただガソリンとかだと、販売とか危険物の扱いとかに関係するのだろうか?こんなこぼれる容器じゃ危ないしね。
中身は透明な石油精製物で、細かく入れやすいように細口になっている。が、噂通り蓋から多少滲んでパッケージが濡れている。立てて保管しないといけないだろう。試験導入はバイクにした。理由は1,燃費がいいから長距離にわたってデーターが取れるから、2、タンクに直に入れる事が出来るから(車だと給油の手前で計量して入れるのが面倒という人が多い)、3、コンピューターなどの補正が入らない、などが上げられる。もっとも最近の普通の燃費を取ってないので、差し当たってキャブをバラした後の燃費を計らないといけない。バイクのタンクは20リッター入るので6ccが適量だが、多少使っていたので5cc(2目盛り)を入れて走ってみる。ただ、この商品を使った人の話だと、多少効果が出てくるのに時間がかかる場合があるらしいので、今日のテストの大半はあんまり添加剤とは関係ない話になる。素の状態と言ってもいい。上級製品では分散剤が配合されているらしいが、本質的には多分もっと違う要素があるような気がする。単純に混ざればいい、という物じゃなくて、混ざってなんらかの反応が進まないといけないのではないか?
バイクの方だが、やっぱり暖機が遅いように感じる。結局放熱自体を制御している訳じゃないので、車のように素早く暖まらない。街乗りだと15分位乗り回してから、やっと嫌な振動が消えて、全開が可能になる。その頃になると鼓動も歯切れが良くなって、結構いい感じ。なんだかんだ言っても一気筒200cc近くあるんだから、250ccマルチのモーター見たいな感じではない。以前はただうるさいだけな気がしたが、結構楽しいじゃないか。例の5000rpm以上のいい感じは今日もあった。が、パーシャルで回していても良くないみたいで、逆に3000位からでもアクセルを大きく開けると(もちろん限度はある)いい感じになる。あんまりエンジンを無視したアクセルワークは好きじゃないのだが、どうもエンジンの都合を聞いて回していると振動が消えないような気がする。キャブセッティングがまだ甘いんだろうか?排ガスの臭いは結構臭い。ちょっと強くなった?寒いから気化が悪いんだろうか?一説だとこういう状況は薄いんだそうだが、確かにトルクが薄いかも。開けてコントロールしているという事は、中間はいいのだろう。
8の字をやってみたが、なかなかすぐにカンが戻らない。町中でのUターンなんて、一発で決めなきゃ意味がないので、もっと練習してすぐに出来るようにならないと。ただ今日は舗装が悪い所でやった事もあってか、昔のやり方が結構残ってしまった。内側に荷重をしたつもりで頑張ったんだが、それはどうも立ち上がりで有効なようで、つまり後輪に荷重を移すという事なのかな?と思った。車体が寝ないのだが、アクセルを開けてもしっかり立ち上がる。逆に寝かす時はフロントを割と重点的に倒している気がする。
添加剤の効果については、省燃費を主に期待している訳だが(パワーは有り余ってる)、体感が無理って訳でもない気がする。比較的パワーアップを感じる人と、そうでない人に別れるようだが(燃費面での期待があるからね)、入れてから1時間位してからちょっと違う気はしてきた。まだ断定出来る段階にないが、細かいアクセルワークに付いてくる柔軟性やトラクションの掛かりが良くなった感じを受けないでもない。軽自動車に入れると楽しいだろうなー。
ちなみにアルトの方は本当に楽しい。排ガスはほとんど水蒸気みたいなもんで、吸ってもほとんど臭わない(メガネは曇る)。昔660の初期型から、新規格に乗り換えた時に「出足が相当鈍くなった」と感じたのが嘘のようだ。こういう時には軽い車体の恩恵を感じるし、低いギア比も面白い(その代わり4MTだと最高速は致命的に伸びないハズだ)。これがたった60万そこそこで買えるんだから凄い事だ。こんな事言ったらRSに悪いが、ちょっと足さえ固めたらアルトでいいなー、と思ってしまう。
不法軽油追記
以前軽油は灯油と似たような物だろう、ちゃんとした成分が入っていれば問題ないだろうし、と書きました。その時は燃料抜き取り検査というのは、てっきり成分をチェックして燃料として使えるかどうかをチェックしているのだと思っていました。が、今日新聞で「不法軽油の製造に使われたピッチが不法投棄される」という記事を読んで、どうも違うらしい事が分かりました。その記事によると、なぜ不法軽油を作るのかが「市販状態のディーゼルに使える不法燃料は、識別物質が混入されているので、そういう物がない燃料を作る為に、混入前の原油から精製する」という事が書いてありました。考えてみれば当然な事ですが、後から入れられる識別物質なんかだと、灯油に混ぜればいいだけの話だから、物質が分かってしまえばダメです。また成分分析はその場で行うには簡便性に問題があるのでしょう。私が前書いたように、灯油を軽油として充分なレベルに上げてしまう添加剤なんか使われたら、課税されていない他に後ろめたい事はないんですから(それが問題なんですがね)。しかしこの話が本当だとすると、当たり前のように使っている灯油とか、それに似た燃料には、秘密の識別剤が入っていた、って事になります。結構大がかりな事で「国家というのは本当に凄い強制力を持ってるんだな」と驚いてしまいました。多分簡単には分離出来ないが、簡単にチェック出来る、低濃度でも確実に存在が分かり、普通のボイラーなどで使っても問題を起こさない物質(結構面倒な性質だなあ)を入れているんでしょう。これなら仮に灯油を「混ぜた」軽油を使っていても、灯油を使っている事が分かる訳です。軽油の方を識別出来ても仕方ないですよね。私たちに知らされていない所で、秘密の識別信号が日用品に入っている可能性もある、というのは結構驚きました。お札とかパスポートの偽造防止なんかは良く聞きますが、他にもあるんだろうな。
2000ヒット御礼
11月26日で「回さない豚はタダのぶうだ」が2000ヒットを迎える事が出来ました。これも皆様のご愛顧とか、お目こぼしがあっての事と感謝しています。昨日は相互リンクHPの管理人「どかどか」から電話があって、ヒット数の話も出たんですが、彼は切り番ではなかったようで、誰かが2000番を踏まれたんでしょう。ただ「まず連絡来ないよな」「プレゼントとかねだれそうにないし」って話になりました。私も人様のページで切り番踏んでも、わざわざ連絡するような事は滅多にないでしょうし、それ以前にあんまりカウンターを見ていないので、知らず知らずの内に「踏み逃げ」してるかも知れません。
ちなみにこのサイトの題名は、「永遠のステディー」号に乗るどかどかが付けてくれました。先日もリンクしてくださる方に題名を確認されましたが、個人サイトの名前としてはちょっと長いながら、私はネーミングのセンスがないので、いい名前をつけてくれたと思っています。本人のページがDOKA`S HOMEPAGEという捻りもなんにもない名前なのを見ると、「他人の名前だから適当でいいだろ」って脱力具合が必要なのかも知れませんね。ジュゲムと同じです。
ちなみに先日、そのどかどかと「自動車メーカーってCMでキャッチコピーを入れているけど、どこそこのはいいけど悪いのもあるね」って話をしました。整理すると
トヨタ Drive Your Dreams
ミツビシ Heart Beat Mortors
ニッサン Shift The Future
って感じです。この中で評判が悪かったのがニッサンで、どかどか曰く「意味が通じない」し「語呂が良くない」って話になりました。まあキャッチは一つの会社の方針でもあるので、決して語呂だけで決めていい訳じゃないですが、ニッサンのは今一だと私も思います。トヨタのコピーはDが二度繰り返されて、韻を踏んでいます。またミツビシ(これが一番評価は良かった)のもそうなんですが、最初の言葉を擦過音(サ行などの息が漏れる音)じゃなくて、爆発音(パとかダとか、息を溜めてから開放する音)を使い、歯切れを良くする工夫も必要です。ミツビシはBeatだけが爆発音なんですが、MとBは唇を閉じている動作が同じなので、口に出しやすい感じがします。またHeartとBearは、HアートとBイートという似たような語感を持つ言葉を重ねており、三つの単語が有機的に結びついているので「語感がいい」という感じがするのでしょう。その点ニッサンは、サ行を使い、日本語にない舌を噛む音(ザ)や、下唇と前歯を組み合わせる音(フ)を使い、定冠詞なんて意味がない言葉まで入れています。口に出してみるとそれほど悪くはないんですが、なんか言葉が流れてしまいますね。
話を戻すと、栄光あるこのサイトの名前も、こうやってキャッチーな感じを取り入れたり、コピーを入れたり、親しみやすくする工夫をした方がいいかも知れません。例えばイニシャルを取って「MBTB(ムブタブ)」と読ませてみたり、略して「ブター!(声はカーチス役で)」にしてもいいでしょう。コピーは糸井重里にでも頼みたい所ですが、そこら辺でインパクトがあった奴から持ってくればいいんです。
作例1 夜のお菓子 「ムブタブ」
作例2 Drive you crazy 「ブター!」
・・・ダメですね
波動系添加剤レポ2
添加剤を入れて時間を置き、あと基準になる燃費を計って置きました。93km走って7.3リッター入ったので12.5km/リッターぐらいですか?キャブ分解の時に無駄にした分もあるんですが、その前に復活した時もリッター12程度で、東京往復の時は17,7kmも走ってます。確かに8の字なんか燃費は相当悪いと思いますが、私は過冷却(寒い事)が影響しているように思えてなりません。普通に走るだけで2割ぐらい燃費が良くなりそうで、燃費での比較は難しいですね。
じゃあ体感としての変化ですが、アイドリングでの歯切れは前よりいい気がします。GSXのアイドルは1100rpmなんで、一秒に20回転前後している事になります。つまり爆発は一気筒10回、全部で40回/秒もしている訳です。すると普通各気筒の爆発なんて、恐らく認知出来るとは思えない(多分繋がって感じるはず)。それを感じたり、感じないって事は、なんか別の要素があるのかな?とも思うんですが、なんでしょうね。パワーに関しては以前言ったように有り余っているので、上での比較は出来ません。最近は割と車速に体(というか気持ち)が付いていくようになったんで、まあフルパワー化しても平気かも知れませんが、細かい違いは難しい。ただ下の回転で細かい制御が効くようになった感じは受けます。
油冷エンジンは、色々乗った人の話だと「低速が薄い」「割とドン付きが起こる」「フン抜けだ」とか聞きます。8の字をやっていて難しいのが、アクセルでコントロールしようと思っても、入れすぎたり足りなかったり、というのが多く、いきなり暴走って感じで疲れます(もちろんRブレーキは併用して、エンジンのトルクは多少ならしているんですが)。そんなに乗っていてまだ慣れないのかよ、と笑われそうなんですが、J型エンジンは特にショートストロークだからか、1500回転前後だと調子が分からないんですよ。このエンジンが変な2極プラグを使っているのも、低速でのカブリ対策と聞きますが、裏を返せばそれだけ低速セッティングに苦労したんでしょう。
ところが今日、ゆっくり8の字をやっていると、コントロール幅が広がった感じを受けました。微妙な所で、アクセルワークに比例してじんわり開けられるような。もっともゆっくり走っているから余裕を持ってコントロール出来ただけかも知れませんが。逆に速く回ろうとしている時は、ブレーキもアクセルも大きく操作出来るから、上記の欠点はさほど気になりません。むしろゆっくりやっている時が難しい。お陰で車体の他の部分に意識を移せて、いかにリアタイヤがまだ立っているかを感じる事が出来ました。あと転倒(引き回しで)してしまったからか、しょっと左右で切れ方に違いを強く感じます(正常でもライダーやバイクの特性で、全く同じって訳はありませんが)。今入れた燃料の分の添加剤を足し直したので、明日以降に本当の試験が可能かと思います。
ちなみにストーブの方ですが、同条件で比較出来てないから、まったく違いが分からないかと思っていたんですが、今日面白い事を発見しました。それは全開の時の炎の高さです。通常暖機が済むとストーブの芯も多少絞るのですが、正しい炎の量にしようと思った所、このストーブはすでに芯がかなり終わっていて、規定の高さギリギリがやっとでした。通常は火皿の上に1〜3センチ出ているのが正しく、内壁に当たるまで開けては当然開けすぎ、という説明があります。先日は全開でも、辛うじて火皿の上1cm位でした。ところが今日見てみると、全開の時には5cm近く燃えているのが見えます。全開運転をして芯の状態が変わったのか、燃料になんらかの影響が出ているのか興味がある所です。それから、これも独断の話なんですが、ストーブが熱くなくなりました。全開運転していれば、当然発熱量も増えて放射熱も増えると思ったんですが、ストーブそれ自体の近くでの体感出来る暖かさが、なんか違うように思います。極端な話、ストーブがついているかどうか、天板に手をかざさないと分からないのです。これまではストーブが付いていると、ちょうど火であぶられる感じで、体の表面が「熱い」という感じがあったんですが、今は寒い事はないけれど熱くも感じません。対流が促進されて空気への放熱が進んでいるのかも知れませんが、一方で燃焼を強めれば輻射熱の発生量も増えるハズで、今ひとつ分かりません。まあ今日は湿度が高いので、そういう影響もあるのかも知れません。明日までには雪が積もっているかも、ってバイク乗れないじゃん!
バッテリーのメンテ
最近めっきり冷え込んできて、車のエンジンの掛かりも悪くなって来ました。エンジン温度が低いって事もあるんでしょうが、私はバッテリーの方が心配です。というのは電池の性能は温度に大きく左右される物という事を良く感じるからです。この時期になるとリモコンの電池がいきなり終わったり、カメラの電池が止まったりしますが、手で少し暖めると復活します。それだけ内部の化学反応が弱まっている訳ですね。自動車のバッテリーはまだほとんどが鉛2次電池で、一部ニッカドとかも聞きますが小数です。昔より車載充電器(オルタ、レギュレーター等)の性能が上がったからか、バッテリーの高性能化が進んだからか、バッテリー上がりの絶対数は減ったようにも思いますが、電装品が多い車だと依然としてバッテリー上がりはあります。まあ、でも普通のバッテリーは安くなったから、どうでもいいと言えばいいです。一番安い奴が2年交換ぐらいを推奨していますが、2000円位で売っているから、さしてバッテリー上がりは怖くない。問題はRSやバイクのような特殊タイプで値段が高い奴ですね。噂だとRSのバッテリーは高性能タイプなので5年位をメーカーサイドでも薦めているタイプですが、バイクのバッテリーの方はタダのバッテリーです。あとアルトのバッテリーですが、先日某ホームセンターを見ていたら「軽自動車のバッテリーを1サイズ上に」と書いたパネルがありました。そこのオリジナル商品の宣伝なんですが、どうも軽自動車のバッテリーは相当小さいらしくて、1サイズ上の製品でも収まる事は収まるみたいです。価格競争とかあるし、新車のバッテリーもコストダウンの対象なんでしょうね、きっと。寒冷地仕様サイズとトレーが共通なのかな?
さてバッテリーを長持ちさせる秘訣は、1にも2にも「バッテリーを上げない」事ですが、それでも5年も使うと弱って来ます。そんな事ないよ、って人は多分車検屋が勝手に変えてますよ、すっごい高い奴に(家のカローラがそうだった)。それはどんな2次電池でも傾向としては同じなんですが、鉛蓄電池だと「サルフェーション」と言って、電極が電解質中の硫酸化合物の結晶で覆われてしまい、充放電性能が下がる事が一番の問題のようです。親父の話だと、昔バッテリーが上がると中身を抜いて熱湯を入れて、電極を洗って新しい電解液を入れると、あと一回は使えた、という話です。今は硫酸の処理の問題があるので、恐らくやっちゃいけないと思いますが、目的は「電極の洗浄」という事です。だから、一部の再生過程ではバッテリー自体を暖めて還元を進める工程を入れてる所もあったような。
サルフェーション自体は使っていると避けられないらしくて、その解消の為の商品は沢山出ています。良く見るのは有機ゲルマニウムの水溶物で還元してやる物で、最近クレがボルトブースターという形で売り出しましたが、ちょっと前からありました。効果はあるらしいのですが、バッテリーが補水出来る状態、タイプでないと利用出来ません。あと電撃丸とか似たようなサルフェーション解消剤のタブレットもあり、これらも化学反応を利用して還元してやるようです。もう一つのタイプは、ネットで検索すると山ほど出てくるのですが、高周波パルスを流して不活性物質を再び溶かそう、という商品で、結構いいお値段ですが、電動フォークリフトのようなバッテリーが高価で高負荷な方面では利用されているようです。まあ高周波パルス発生器ごときが、あんないい値段する物でもないので、中国辺りが簡単にコピーしそうだけど。これを見ていると一時期あった「普通の1次電池に超高圧電流を流して復活させる」商品なんかを思い出します。本当にバッテリー寿命が3倍から5倍になるなら、まとまった人が持っていればかなり使えそうな物ですけどね。実際安価なバッテリー再生業者は、こんな物を使って再生しているようなので、効果がまったくない訳じゃないでしょう。またしても深読みになるんですが、本当に効果があればあるほど、こういう物は市場原理的に「売りたくなくなる」ハズなんですよね。バッテリーメーカー干上がってしまいますし。ただハイブリッドカーとか電気自動車などの高性能電池市場が熟成されれば、安い高性能電池が普及して、こういう物も昔話になるかも知れません。
差し当たっては、ゲルマニウム補水をやって、効果を見てみます。人によっては補水から1年ぐらいギリギリの状態が持った、という人もいるので、それでこのコストなら安いでしょう。が、上の再生の大きなメリットの一つに環境負荷が軽い、という事があって、鉛を捨てている訳じゃないだろうけれど、やっぱりバッテリー寿命は長い方がいいです。あとサルフェーション自体はバッテリーを補水口から覗けば簡単に見えます。
←あんな所に注水チューブを付けてくれるのは有り難いんですが、透明にして下さい、クレさ ん。あと使い方説明が非常に細かくて見づらいです。効能の紙もいいんですが、肝心の正しい用 法が見づらいです。
では現状のバッテリーの確認ですが、GSXのバッテリーは単体電圧が12.7V、アルトが13.1Vありました。どっちも車載状態としては標準的なんですが、バイクの方は結構補充電した割には、という気がしないでもありません。アルトの方はかなり優秀な類でしょうね。ただ水がやや減り気味だったので、ボルトブースターを入れる余地はありました。こっちは電圧に疑問はないので、しばらく車載充電での電圧なんかを調べます。バイクの方は、これまでいくら充電してもある一定以上の指針が出なかったので、そいつが上がるか充電して調べます。というか、車載状態で補水するのは無理だった。クレの製品に限りませんが、バイクのバッテリーは補水口が細いので、入れるのに苦労します。まだチューブがついているだけ、クレは良心的かも知れませんが、そのチューブが不透明なので、どの程度入れたのかが分からず、まだまだです。もっとも、この製品は本来かなり少量でいいそうで、アッパーとロアの半分ぐらいなら、こいつ単体で補水していいそうですが、ゲージ全部の場合は精製水を入れるよう指示があります。アルトはそれでよかったんですが、バイクは結構多めにボルトブースターが入ってしまったかも。その弊害はあるんだろうか?まだ指示通りの使い方だと、一本で普通車2,3台と言った所です。思ったより入って驚きました。ま、そう何台も入れる人はいないだろうし、一度入れたら多分追加で入れる必要はなさそうですが。バイクの方は今充電中ですが、結構指針が上がっているし、これまでより活発に泡が出ているようにも思います。製品の特徴に「充電が早い」ってのがありますが、なんかそんな感じ。
2時間ほど充電すると、電圧は14.7Vまで跳ね上がりました。充電器のメーターだと、まだキリキリ一杯という感じではないんですが、バイク用でなんか特殊かも知れないので、一応切り上げて走って見ました。セルの回りなんかは以前から問題なかったのですが、ウィンカーを入れた時のアイドルの上下動が無くなっています。ライトを付けても同じです。消費電力の急な変化でも電圧降下が起きていない証拠なんですが、これまでも決して電圧的に弱かった訳ではないはず。メーター読みで結構いい線まで充電した場合でもそうでした。同じ電圧でも放電電力に違いがあるのか、バッテリーが電圧上昇分を吸収しているのかな?これから寒い季節に予防として入れるには有効だと思われます。
追記1:アルトの電圧はさっき測ったら12.7Vに「落ちて」いました。うーん、温度の問題があるから、簡単には言えないなあ。
波動系レポ3
今日はチョイ乗りなので簡単に。始動時の臭いは減った気がする(チョークは引いていない)。アイドルの安定が早く、動いたらすぐに規定値で安定。いつもなら下がるので、アイドルアジャストを多少上げてあるのだが、逆にアイドルが上がって、逆に緩めないといけない位。なんかアイドルを下げる時に下がらない感じがある。始動直後から爆発音がきつい。まるで単発のように鼓動を感じる。走ってみると、最初からレスポンスがいい。が、すぐに全開に出来る訳じゃないらしい。走った感じは大きな変化は感じないが、暖機が進むにつれて鼓動が若干おとなしくなる気がする。あと綺麗に燃えている感じがして、スムースに回っているようだ。
急加速をしてみると、やっぱり中速への切り替わりで違和感がある。その他は速すぎて良く分からず。速く吹けている気もするが、ちょっと暗くてよく分からない。添加剤と関係ないが、チェーン辺りから周期的な異音がする。チェーンもそろそろお亡くなりか。8の字は寒くてライダーが上手く乗れなかったが、低速でのアイドルの安心感があって、リアブレーキを結構きつく踏んでもエンストする気配がない(もちろんアクセルも入れているとは思う)が、アクセルワイヤーの取り回しを改善して、左右での開度のズレをなんとかしたい所だ。バランス引きなら、こういう事はないんだろうか?
あと以前から寒い時のマフラーからの白煙の条件を考えていたのだが、今ひとつ分からない。割と調子がいいエンジンで盛大に吐いていると思ったら、同じように調子がいいエンジンでは吹いていなかったりする。私は以前このバイクで「スモークか!」って位白煙が出てきてビビッた事があるのだが、結局なんでもなかった時がある。今日は帰ってきてからようやく白煙が出だして、一体なんなんだろう?とますます困惑している。
それから、とあるページで「磁石との相性今一」という評判があったんだが、私もなんかそんな気がしてきた。すごい模式的に言うと、テープに録音しているのに、イレーサー掛けて再生しているような。でも効果が出て居るんだから、そんな事ないか?あくまでイメージの話です。
アクセルハッピー
今日も8の字、明日も8の字、年末の寒い中に厚着してバイク転がしていると「なんで夏場やっとかなかったんだ?」って帰ってから思います。今日は敢えてバンク角やハンドル切れ角を無視して、ゆっくり8の字を練習してみました。アイドルを心持ち高めにしてあったので、アクセルの左右での違いが減って割とやりやすかった。アイドル調整は同時にアクセルの遊びも減らすからなあ。ゆっくり8の字をした理由は、「バイクは低速ほど不安定な乗り物である」という事をちょっと確認しようと思って。スピードが乗ればタイヤのジャイロ効果とか、直進安定性が増えてライダーのミスをカバーしてくれるけど(逆にある程度以上になると別の問題も出てくるだろうが)、スピードが低いほどバイクは不安定になると言います。8の字自体もその一環ではあるんですが、フルロック状態だとフラフラする事はないし、もっと能動的に安定させちゃっている。で、今日はもっとほったらかし8の字でちゃんと回るのかな?とやってみたんですが、ああ、結構回りますね。あとRブレーキのリリースポイントで寝かし込んだり、これはこれで面白いかも。というか、まだフルロックの練習は早すぎたのか?
そうやって、アクセルを開けない世界にいると、町中でも直線が楽しくなります。アクセル開けられるから。やっぱりストレスが溜まってるんでしょうね。右手が所構わず開けよう、開けようとします。狭い路地裏で開けようとする、という意味じゃなくて、ブレーキ掛けてるのにアクセル捻ってどうする!って感じです。車だと普通アクセルとブレーキは同時に操作は出来ない訳ですが、バイクだと右手でフロントブレーキとアクセルを操作しているので、そんな馬鹿な事も可能なんですよね。きっとアクセル開けるのがよっぽど楽しいんだろうな。
ところでブレーキ掛けてアクセルは普通はない、と書きましたが、私は時々やってる事に気が付きます。結構速いコーナーなんかで、ゆっくりバンクさせている時なんかに、Fブレーキを残し気味で侵入してバンクしている最中にアクセルを当てると、両方一緒にしている事に気が付きます。あんまり良くない気がしますが、セオリー通りな面もあり、「よっぽどプッシュしてフロントが逃げなきゃ平気か?」とか思ってます。まあそれ以上は速く走らないけれど。それから右バンクで時々全然曲がらない時があって、やや焦ります。8の字も右バンクは内足荷重には出来ていない(Rブレーキ操作も兼ねているから、下手な内は細かく出来なくなるのか?)のですが、全然曲がらないで怖いと思うと、ますます体が固くなってインに動けなく感じます。
エンジンの方は普通ですが、低速をやりすぎるからか、若干低速が悪い気もします。特に発進の時にどの程度走るのか分からなくて緊張する時があるし、時々アイドルがストンと落ちる時が。外装付けたからプラグチェックとかやりたくないんだけどなあ。ここら辺はフルカバードバイクのよろしくない所です。作業自体は+5分とかからないんだけどね。
それから辻司さんのHPをちょこっと覗いたら、先日乗られたRC211Vのインプレの続きの話が載っていた。噂としてBMWやアプリリア、ドカのMOTO-GPクラスへの参戦の話が出ていたのだが、そこでRC211Vのアドバンテージについてこんな話が出ていた。それは辻氏が(何故か)ニッサンワークスを取材していて感じた事らしいのだが「その技術者はアクセルを開けたらすぐにトルクが立ち上がる、スイッチ的なレスポンスを求めていて、とてもバイクのエンジンは作れそうにないな」と思ったらしい。RC211Vはビッグパワーで強かったと思われがちだが(事実パワーは出ていたはずだが)、パワーだけなら上記のアプリリアなりドカの試作品の方が出ているそうだ(アプリリアって出てるんだっけ?不勉強で良く分からない)。ホンダより遅くコーナーを立ち上がってもトップスピードがより出ているなら、トルク特性も決して悪くはないだろう。しかしバイクのエンジンはそんな単純な物ではない、というのが辻氏の考えだ。エンジン形状なんかの操縦性への影響もあるし、なによりコントロール性において211Vは圧倒的にすぐれていると考えているらしい(他のマシンに乗って比較した訳じゃないらしいが)。
同じような事は私も感じる。ニッサンワークスの話は2輪と4輪のエンジン特性要求の違いだろう。4輪のアクセルの感触って、バイクに較べるとなんだコレ?と思う。RSなんかでも、レスポンスって意味じゃあ原付とどっこいだ。結局シャーシ性能が高いのと、車体が重いので、普通のレベルの車だと、そこのワークスの人が求めるように「アクセル蹴ったらすぐにビッグパワーが」って特性が欲しくなる。よく「ハイパワーマシンなんて日本の交通事情の中じゃナンセンス。280馬力あっても100kmしか出しちゃいけないんだから、100馬力もあればいい」って人がいるが、その比喩は本質的に間違っている。確かにトップスピードと馬力は比例しているのだが、本当にみんなが欲しがっているのは加速感そのものだろう。200kmのクルーズでも、飽きる時は飽きるのだ(私はそんな速度で走った事ないので、どういう物か分からないが)。最近ではEFIに慣れて、ある回転以上だと車のアクセルは「加速感に関わらず」ベタ踏み全開が可能だと頭で分かりだしたが、RSなんて3速アクセル半開以上は加速感になんの差もない。RSは決してスロットルにカムを噛まして「逆バリアブルスロットル」みたいな演出はしていないのだが、パワーウェイトレシオの関係かそんな感じなのだ。まあ車でも300馬力仕様S15とかはバイク以上にアクセルと車速の伸びが比例していたと思うけれど、今度コーナーで使えるかについてはオーナーが86より遅いとは言っていた(謙遜含みな話だが、本当にあの化け物じみたパワーの炸裂を見ると、車がオーバートラクション側のドリフトを多用するのが分かる気はする)。ニッサンはアテーサーがあるからワークスマシンでも割とスイッチ的な物でも平気なんだろう。
ゲームでも、私はグランツーリスモ並の精度のバイクゲームが出たら面白いだろうな、とは思うけれど、なかなかそういう物はないだろう事も感じている。あれだけ良くできたグランツーリスモでも、ハンドルはアナログスティックだが、アクセルはボタンというのは、よく本質を示している。多少操作の立ち上がりを平準化しているので(リプレイ画面を見ると、ブレーキ・アクセル操作のインジケーターは微妙に立ち上がり時間を付けられているのが、バーグラフで見られる)連打なんかで「仮想ハーフアクセル」に近い物を作っているが、それだけで数百馬力のマシンをコントロール出来ている。ま、実際もセナ足のような操作が有効な場面もあるだろうが、超弩級パワーや超軽量ボディーでFRやMRのマシンで遊ぶと全然ダメなのは、そこら辺が関係するように思えてならない。逆に町中で乗っていると楽しい軽自動車が、単純なデーターとして扱うと面白くもなんともないのも面白い。結局アルトの方がRSより面白い時があるのは、ここら辺が関係しているのだろうか。
チェーンが逝かれた
8の字練習で激しくRブレーキとアクセルと綱引きをさせられる為か、チェーンがやばい音を発生するようになってしまった。等速ジョイントを壊した車みたいにザスッ、ザスッと鳴く。どのみちアジャスターもギリギリ一杯使っているし、10年・3万キロ以上使っているようなので「良く保った」方だと思うけれど、なにせチェーンは結構高い消耗品な上に、スプロケット類との兼ね合いがあるので、簡単ではない。ちなみにGSX750FのチェーンはRK50GSVZ2で118リンクもある。50というのは530の事らしい。現行のRKのチェーンは、プレートの色が銀か金かノーマルか以外の性能としては、シールがタダのOリング、Uリング、RKリング、XWリングという順番に耐久性とコストが上がっていく。当然ながらノンシールチェーンは問題外なので取り上げないが、UリングやOリングにしても、750対応はもうないので、RKかXWから選ぶ事になる。一応いみじい耐久性レベルの一覧表によると10段階評定で、XWとRKリングには2ランクの差があり、アウタープレートのメッキで金・銀・鉄で1ランクずつ違うらしい。確かにアウタープレートがサビサビなのは格好悪いが、これはどんなモンなんだろうねえ。ピンの強度が違うという話もあるのだが、分かってるならノーマルチェーンでやってくれればいいのに。あの金色は気恥ずかしい。で、一応の目安として、現在使っている奴の耐久性がどの位なんだろう?ってのがあるんだけど、なぜかGSVというシリーズは630サイズに名前が残るだけで、メーカー側はフォローしていない。とある所の情報だと、GSVというのはゴールドのXWリング、という話もあるのだが、あいにくGSX−750Fのチェーンはゴールドではないし、630GSVもゴールドやらノーマルやらあるので、恐らくシール形状とは思うのだが、これが最上級かどうかは疑わしい。まず10年前にXWリングなんかあったか疑問だし、630は兎に角特殊なサイズで、噂だとオリジナルの刀が使っていたらしいが、シールドタイプが出回ってからはオーバースペックで廃れたサイズだ。チェーンが太いという事は確かに部品強度は上げるんだけど、高速回転していると自分の慣性質量で痛んでしまう。だから、大きいチェーンではフリクションをある程度残してチェーン遊びをダンピングで抑えるという話も聞いた気がする。未だに630に残っているGSVチェーンとは、そういう方向に特化したチェーンじゃなかろうか?今は530XWが1400までカバーする最強のチェーンで、大きい630の方が推奨排気量も小さい。
値段はノーマルXWが約16、000円、RKが12500円位、GS(金)のXWが22000円位、GP(銀)のXWが21000円位だ。スプロケはサンスターでドライブ側が3000円位、ドリブンが8000円位だが、なんでか520にコンバート用、というのがそれぞれ2000円と6000円位で売られている。最近はチェーンの耐久性向上で1サイズ細い奴に換えるチューンが流行っているそうだが、さすがに530を520というのはメーカーも認めてない容量ダウンなんだけど、どうなんだろう?98〜の新型Fには525サイズへのコンバートキットがちゃんとある。そっちなら分からないでもない。しかし、この程度のサイズの違いが値段の違いになっている所がむしろ問題な気がしないでもない。
チェーンの交換と言えばスプロケ交換になるのだが、ここも色々な意見がある。同時交換がベターだが、ある程度残っていればスプロケは平気なんじゃないか?という奴である。まあスプロケのコンディションはメンテ次第だし、チェーンが伸びる事が即スプロケの痛みになるかは疑問ではある。しかし自転車での苦い経験から言えば、スプロケとチェーンの交換は本来セットであるべきだ。MTBのように多段ギアで薄いスプロケを使っている場合、一番酷使するギアが最初に滑り出す。一番歯飛びしやすいのは、やっぱり歯が少なくて高トルクがかかるドリブンのハイギアだ。しかしバイクの場合、一番削れるのはドライブ側だろう。多少チェーンが伸びてもいいよ、という人なら、せめてドライブ側をいじれば平気な気もする。バイクは自転車と違ってチェーンで変速はしないから、テンションの問題も少ないだろうし(ただサスの問題はバイクの方があるが)。
チェーンは45馬力程度を境に「かしめ」タイプと「クリップ」タイプに別れる。当然ながら750だとカシメになるのだが、シールタイプで尚かつカシメだと、特殊工具を使ってプレート毎カシメられる奴が必要なようで、これまた5000円位する。一番いいのは118リンクになっているチェーンを買ってくれば、自分でチェーンを切り張りしないでもいいのだが。しかし、なんでバイクの工具/工賃はこんな高いかね?自転車のチェーンカッター(同時に使い捨ての圧入ピンでつなぐのに使える)なんて、500円ちょっとで売っていると言うのに。こういう時にはV−MAXやホライゾン、BMWがちょっと羨ましい(ただチェーンの方がシャフトより駆動効率はいいらしいが)。
差し当たっては、もう一度チェーンを良く洗って変な所がないか見てみるしかないだろう。それにしてもチェーンの整列を出すのは難しい。
追記:チェーンを洗ってよく観察すると、どうもチェーンの張りが一定ではない。以前チェーンはりを緩い張りの所で出したようで、きつい時に張りすぎていたのがいけないらしい。1コマずつチェックすると、微妙に固いコマがあって、そいつがスプロケに噛んでる時は重い気がするが、微妙に重い感じのコマは沢山あるので、チェーン全体がくたびれているのかも。灯油で洗ってオイルを差し、チェーンの張りを緩めたのだが、根本的に軽くはなり切らなかった。いきなりチェーンが逝ったと思ったけれど、以前からあった傾向がチェーン張りで顕在化したのだろう。チェーン自体を洗ってみると、ちゃんとGSVと書いてあり(これが読みづらいのも問題だろうけど)、新車装着品で間違いなさそうだ。
それにしてもチェーンを洗うのは面倒だ。灯油は飛び散るし、いつまで経っても汚れは取りきれない。まあ汚れが出てくるのは宿命としても、チェーンのプレートとプレートの間は、歯ブラシで洗ってもなかなか綺麗になる物でもない。やっぱりメッキで多少なりともプレートの汚損性が低い方が楽だろうし、綺麗にするならスプロケから外して灯油に漬けて洗った方が楽かも知れない。1000km毎ぐらいなら外してもさほど苦にはならないのだが、500km毎だと結構大変かも。
それからスプロケとのかみ合わせだが、あんな状態で使っていると良くはないだろう。どうもスプロケの歯からチェーンが浮くような時があって、片伸びがあってか、コマピッチが合わないらしい。逆に言えばスプロケ側がそれに合わせて削れてないという点は再使用への可能性を残す物ではあるんだが。ドリブン側のスプロケは非常に綺麗だった。チェーンと同じにしては、非常に程度がいい。どうもチェーンの寿命の問題は、潤滑不良による伸びなんじゃないか?という気がする。
YAMASIDAインプレ2
先日バイクに入れたパッドのその後の話。まずパッドの厚さが薄いのでは?と書いたが、「たつを」さんから頂いたベスラのカタログによる情報を見ると、GSX−750F用のパッド厚はライニング含みで7mmらしい。ノギスで計ってみるとYAMASIDAは7mm近くあるから、厚さ的には標準らしい。ただベスラのカタログには同一品番で厚さが8.7mmある製品もラインナップされている。私も7mmの製品でもシムがないとピストンが結構出ているように思うし、シムがなければ厚い方がいいのではないか?とも思う。更に言えば、ベスラはGSX1100F用リアのパッドをより分厚く作っていて、そっちは1センチ近い厚みの物もある。リアのパッドは厚くする傾向があるのだろうか?ところがサービスマニュアルにある情報によると、ブレーキのライニングの厚さはフロントが4.3mm、リアが5.6mmとある。純正と思われるパッドのプレートを計って、大体の数値を下に記します。
| メーカー | 全厚 | ライニング厚 | プレート厚 |
| 純正トキコ | 7.7mm | 4.3mm | 3.4mm |
| YAMASIDA | 6.8mm | 3.5mm | 3.2mm |
| ベスラ1 | 7mm | ? | ? |
| ベスラ2 | 8.7mm | ? | ? |
えーと、純正は厚い方(約9mm)と薄い方(約7mm)のちょうど中間ですね。どうなってんだ?ピストンに余裕があると思ったのは間違いないようだ。ベスラも純粋に純正のコピーではない感じだし。ではパッドを外してアタリや炭化具合を見てみます。

ピン穴側が深く当たって、さらに外が飛び出ているのは、そこら辺がローター最外周部で純正だと使わなかった部分が強く当たっている為です。ベースプレートの傷は、余分なライニングを落とした時のヤスリの傷です。ただローター側も結構削れて平準化しているような。多少ローター中央が使い残してますが、割とまともなアタリ具合で、剥がれとかありません。ただダストはやや多いかな?厚さは6.5mmほどに減ってました。アタリに関してはキャリパー側の要因も多いようで、パックプレートのピストン跡を見ると、回転後ろ側ピストンがより強く当たっている感じを受けます(右写真の左のピストン跡)。ライニングのアタリは前側が強いのですが、パッドが遊ぶんでしょうかね?あとイン側ピストンの方がより強く当たっています。ちなみにパッドを外すのは非常に楽でした。耐久レースとかなら、タイヤ交換のついでにパッド交換も出来るんじゃないの?って位。ピン式の方がレース向きなのかな。
制動力は、まだかすかにアタリが付いてない部分があってなお、かなりいいと思います。このシリーズは「街乗りでご使用下さい」と但し書きがされている位だから、決して耐フェード性がいいハズはないんだけど、かなりの制動をしてもパッドも荒れないし、制動力もちゃんとあります。うーん、値段的な事を考えるとすごいなあ。ただ、焼いたパッド表面が、あんまりにもピカピカなのは、ちょっと気になります。レジンタイプの宿命らしいのですが、ライニングに排水性がないので、水の層に乗ってしまう、とか、ガスが抜けないでフェード云々と言うのです。ただGSX−Fのフロントはドリルドローターで、水が抜けないって事はないだろうし、ガスも同様です。もし焼きが不十分で樹脂が充分飛んでないのが問題なら、それも考えないといけないんですが、本当にこんなの焼けるのか疑問でもあります。ま、純正も結構テカってるし、関係ないかも。
佐藤琢磨とゾーン
タイトルに関係はありません。ただテレビでほぼ同時に放送していたので。先にゾーンの話から。CDTVで新曲のライブをやっていたのだが、映像を見て我が目と耳を疑った。バックでドラムがシンバルの片割れを「チン、チン、チン」と叩き出して導入を演奏する映像が入っているのに、全然!ドラムの演奏の音が入ってないのだ。同じような事は沢山あって、(ゾーンに限らず)ボーカルが持ってるギターの音が聞こえた試しはないんだが、なにせギターなんか他にも弾いてる人がいるので「よく分からんが、他の音にマスクされてんのかな?」と思ってた。聞こえないから弾いてないとは断定出来ないし、歌の音程取るのに役立っているのかも知れない。しかーし、ドラムは違うだろ!お前の音が聞こえないバンドに意味があるのか?音程楽器じゃないのに、歌の役に立つのか?とか、色々突っ込んでしまった。大人のムードとか言う前に演奏しろよ、そう思いました。ま、コミックバンドにそういう指摘もないだろうけど。藤井フミヤが紅白でロクに弾きやしないギター持って歌ってたなんて、かわいいレベルです。
佐藤琢磨の方はNHKが今年のF1活動を中心に追っていた。彼の成績は今年は最高5位入賞が最高で、あんまりパッとしなかったのは事実だけど、F1で走るという事自体がいかに大変で無駄な事が多いのかを見た。彼は他の日本人F1ドライバの、血を濃くしすぎたサラブレッドのようなピリピリした雰囲気は少ないのだけど(片山右京や中嶋悟が写っていたが、なんか目が血走って耳がアンテナ状態の馬みたいだった)、異文化にとけ込む努力とか、もちろん速く走る練習はしている。驚いたのが、彼は見た目と違って結構年いってて、決してドライバーオンリーのサラブレッドじゃなかった事だ。それにレーサーとしてのステップをイギリスで進めたというのも珍しいと思う。これまでの日本人ドライバーより確実に強いメンタリティーがある、その余裕があの静かな雰囲気というか余裕を生んでいるのだろう。
ただそれだけに、なんでF1じゃなきゃダメなのか、それを強く思った。彼は今ジョーダン・ホンダって事業家のチームで走っているのだが、オーナーはあんまりいい感じの人じゃなかった。彼の永年の目標はフォーミュラーの最高峰で戦う事なんだが、F1は浪費を運命づけられているレギュレーションの為に、異常に高いコストがかかる。だからスポンサーの類がゴマンとついて回る。勝っているドライバーにはそういうのは重荷じゃないだろうが、今年なんかフェラーリが一人勝ちしてしまったから、多くのドライバーが非常なプレッシャーの中で戦った事だろう。勝ててないチームの悪いムードが見ている方にも伝わってきて、レースの厳しさというより、無駄な面がよく見えた。それに日本で10代から800万もの金を取ってレーサーとして仕立てている仕組みにも疑問を持った(そこに中嶋悟がいる事もね)。上手く例えが浮かばないけど、SF映画やアニメのクローンとか無人ロボットが、有人操縦より速いのを見ているみたいでね。これだったら、まだ自分の体一つで戦ってるスポーツ選手の方が見ていて気持ちいい。
あとゾーンの話をしたら、「紅白歌合戦も口パク」だよ、と教えられました。まあ声は出している人もいるでしょうが、演奏はカラオケだそうです。だから人気があるにも関わらず絶対出てこない人もいるし、「なんでお前が出てくるんだよ!」みたいな人でも出てこらえる訳です。演歌なんかは別にカラオケで一向に構わない訳ですが、バンドなんかだと「ボーカル、お前だけやってりゃいいじゃん」みたいな感じになるんでしょうね。実際複数メンバーがいても、ボーカルだけしか知らないようなバンドって多いですよね。
あと今年中嶋みゆきが出る事で、彼女がスタジオにも来ない、中継ライブをするだけ、って事で他の出演者に動揺が広がっているみたいです。確かに体勢内部から見ると、この行動は非常に身勝手だし、中嶋みゆきが「その条件がのめないなら出ない」って言えるという事自体が許し難いでしょう。でも、それでもなおNHKが出演させたがるという事が問題で、アーティスト本人は悪くないはずです。スタジオに来なければ出しません、というのであれば、それで出ない、それまでです。またやっかむ人も分かりません。結局長い時間拘束されて、アホみたいなコントにつきあわされて、人気もないのに出ている人とツノつきあわせてやらなきゃいけない、その上ギャラは安くてもらえるのは名誉(も怪しいが)だけ、というのに不満があるから、他の人もつきあわさせる、というのは不幸の連鎖みたいなモンです。もう公共放送の使命とか言って、八方美人のどっちつかずの放送なんてしないでいいんですよ。そんな理念につきあう必要もない。ただ「NHK」局の番組に出る。それだけでしょう。そういう理念に未だ賛同出来る人は出てればいいし、そうじゃない人は出ない方がいい。年越しライブでもやってりゃいいし、ファンに対して「俺は年末は家族とゆっくり過ごすから、過剰なファンサービスにあくせくする気はないけど、いい歌歌うぜ」って言える位の信頼関係があってもいいと思うんですよ。だから、紅白歌合戦というイベントに出ている人は未だ芸人であって、芸術家じゃないように感じます(別にでちゃ悪いとは言わないけどね)。
GSX750F海外仕様1
たつをさんの所のBBSで、PLを公開している海外の通販サイトを発見。これでもうパーツを頼むのにずっと待たされたり、他の店からFAXを待つ手間もなくなる、とは単純には言えないが(海外仕様だから)、スズキさえ在庫してないPLを見る事が出来るのは有り難い。というかスズキ本社がそういう事を販売店向けにせよしないのは怠慢だろう。まあ現行車種のPLが売れないならまだしも、もうPLがない車だってあるんだぜ。という事で興味深く日本仕様と海外仕様の違いを確かめさせてもらえる。いままで様々な憶測を通してしか、あやしい品番を探さないといけなかった苦労が嘘のようだ。
まず驚くのは、海外仕様にはキャニスターが存在する事だ。ちょっとどこに、どうつくのか分からない面もあるのだが、これが環境面への配慮である点は分かる。またキャブの品番などから、カルフォルニア仕様はパワーより排ガス性能を重視している印象を受ける。じゃあまずジェット類から。
| メインジェット | スロージェット | ニードルジェット | ジェットニードル | 馬力 | |
| 国内 | 102.5 | 37.5 | Y4 | 5FZ−94−3 | 77 |
| 海外1 | 105 | 32.5 | Y1 | 5EZ−62−1 | カルフォルニア |
| 海外2 | 110 | 32.5 | Y1 | 5EZ−63−1 | 106 その他USA |
| 国内R/J | 105 | 37.5 | Y5 | 5F −93−3 | 77 |
| 輸出R/J | 112.5 | 37.5 | Y5 | 5FZ−89−3 | 100程度? |
参考の為GSX−RのJ型も載せておく。エンジンは一緒だし。で、驚くのが、国内とUSA仕様の差のなさだ。というかスロー、ニードル共に国内の方が濃いというのが衝撃だった。国内の方が2番手も低いんですよ。それから不思議なのがニードルのクリップ位置です。最後の1というのは、ニードルを一番絞っている状態ですが、フツーニードルは濃くも薄くもセッティング出来るように、真ん中の3で出す物だと思ってました。これじゃあ濃くするしか出来ない。またニードルの番手もちょこっと違いますが、ジェットとの兼ね合いがあるので、単純にどうこう言えません。ただ細いNJを使うのはL型Rでも同じだそうで、スズキの手法なんでしょうか。メインはほぼ予想通りですね。
更に不思議なのは、スロージェットの裏の蓋です。メインからバイパスしている訳ですが、こいつは国内のPL/SMだと載ってません。載ってはないが実際にはついている不思議パーツなんですが、海外仕様はちゃんと載ってます。本来あれがあると、メインジェットの影響を恐らく受けて、薄くなると思うので、海外のスロージェットが番手が低いのは、その蓋がないからか?と思いましたが、全く逆です。しかし、Rと較べるとFの方が細かい違いは多いですね。Rの方はメインジェットで上だけ絞ったかのような印象を受けます。逆にFの方はむしろ低中速は国内の方がいいのか?という気がしないでもありません。上のセッティングがさほど違わないのは、吸排気系で絞って使わないからですかね?
じゃあ絞っている可能性が高いエアクリ関係ですが、番手がないので分かりません。しかしフルパワーの品番は20C00(国内はC10)となっているし、品番も分かります(それが出るかどうか別として)。ただC01という品番もあり、細かい仕様地コードらしき備考があるんですが、PLの表紙のコピーがないので、正確な事は分かりかねます。
ちなみに、新型FのPLも見る事が出来ます。しかし、キャブに関してはどうもケイヒンになったのか、結構変わってしまっているようです。どっちもフラットスライドバルブを使っているのですが、構造もジェット番手も違い参考にはなりませんでした。パイロットと呼ぶかスローと呼ぶかでケイヒンと予想している訳ですが、ケイヒンの方がフロートもばらせるし、ニードルジェットもホルダーと別体でばらせて、その分安ければセッティングやOHに便利そうですが、逆に言えばパーツが細かいかも。あと仕様地の区分けがありませんでした。みんな同じ品番なのか?
GTXオイル続きとか
輸入物GTX10W−30のその後の調子だが、寒くて粘度が落ちる前に走行が終わる事があるからか、本当にススが出ない。これまでススがジャンジャン出ていたのが嘘のように、ぴたりと止まった。冷間始動時には明かに濃い燃料をつかってススが出やすい状態なんだが、その時に多少ススが出たとしても、水も結構出るから流されてしまうのだろうか?暖まったマフラーエンドには、なんにも見えない。あと暖機状況を見ていると、油圧は下がっても、水温計はまだ登り切っていない時が多々ある。そういう時は、水温補正もまだ入っているのでトルクがあるのを感じる。やっぱりRSは下が完全に理論空燃比制御でトルクがないというのは本当なんだろうか。ただ純正のマフラーエンドはもう黒く染まっていて、今一ススの少なさが視覚で見えない。いつもティッシュでススを取らないといけないので面倒だ。
こうして見ていると、燃費とか排ガスや原油資源問題で内燃機関が段々消滅して行く、というのは、本当に正常な方向なんだろうか?という気がする。先だってホンダとトヨタが燃料電池自動車の市販に踏み切ったが、あれだって多分に技術力誇示の為の色々な牽制があっての発表だったとも聞く。ニッサンなんかハイブリッドさえまともな物を出せていないから、ブランドイメージって意味だと重要なんだろうけど、内燃機関の可能性を充分に引き出したのか疑問に思う。アルコール燃料やバイオディーゼル等、在来技術を生かす方法はいくらでもあるのだ。今の日本はあちこちに修理工場があって、ディーラーも多いから、かなり高度な設計でも平気だと思っているかも知れないが、本当に必要なレベルの修理を受けられない事による弊害の方が大きいのではないだろうか。第三世界に行くとディーゼル機関の方が保守点検が楽なので、まだそういう物の需要はある。結局受けられるメンテレベルで適正技術(アプロプリエット・テクノロジーだったか、そんな言い方をしたような)というのが決まるんじゃないだろうか。
そういう見方で見ると、燃料電池とやらは主要機関をブラックボックス化して、メンテフリー方向に行く事に意味があるのか?という気がしないでもない。確かに熱効率とか排ガスの問題がある内燃機関は、性能の限界はある。もう現時点で複雑化の頂点まで到達してしまったかも知れない。でもメンテに関しても確実に退化してしまっているんじゃないか?ホンダが一時期マシン・ミニマム・マン・マキシマスというコンセプトを打ち出していたが、両者がこう背反する物という考えが、なんか間違った方向性を持っている気がする。
そんな話は抜いても、最近の寒さの中で、どうしてミニマムトランスポートが充実しなかったのか?疑問に思う。短距離は自動車をつかわないようにしましょう、という考え自体は結構だが、荷物や寒さを考えると、なかなかそうは言っておれない。一時期日本でもミニカー(50ccの四輪で、最近キットカーとしてよみがえったのは記憶に新しい)がある程度売れた時期があったらしいが、免許制度改正で原付として扱わなくなったので(普通四輪免許扱い)消えてしまったらしい。まあ免許の事は別のソフト的問題なんで、深くは言えないが、原付は結構適当な運転している事を思えば仕方ない措置だったかも知れない(もっとも普通免許持ってても変な運転している人が多い事を思えば、必ずしも正しい措置だったとは思えないが)。また当時360ccだった軽自動車なぞは、一応自動車だけど、ほとんど街乗り専用だった訳で、それがミニマムの本筋になったのかも知れない。
しかし現在の軽自動車は、安全性の要求もあったにせよ、多少肥大化しすぎている。4人程度乗せて高速に乗れる訳だし、昔の軽自動車のような割り切りがない。本来のミニマムに戻って、軽自動車枠を一杯に使わないせいぜい2人乗りの自動車がそろそろ出てもいいのじゃないか?大体安全性云々は4人乗りになるから出てくる問題では。しかし、軽自動車メーカー自身に取って、この問題は痛し痒しである。そういう要求がない訳じゃないだろうが、そうすると現在の軽の優遇措置が下がってしまい、自分の首を絞める事につながり兼ねない。またミニカー自体もあと少しで消える事が目に見えている。というのは、50ccで4輪を走らせるのは、どうしても2ストを使わざるを得ず、排ガス問題なんかでエンジンの供給はストップする方向にあるだろうからだ。しかし、逆に言えば、そこら辺はチャンスでもある。4スト化を前提に125cc枠まで排気量を上げれば、ミニカーでも田舎ならある程度の実用性が得られるだろう。それともミニカーオーナーは(違法なんだけど車検ないし)エンジン積み替えなんかで、排気量を上げてつかっているのだろうか?
ミニマムトランスポートとして一番理想に近いのはホンダのキャビーナ90か、ジャイロだろう。ただ両機種とも完全に隔離された客室がない。キャノピーがよほど寝てれば、それでもあまり支障がないだろうが、あれだけ突っ立て扉がないのはまだ不完全だ。そう思ってミニカーの現状についてちょいとネットで検索してみた。
まず光岡のキットカーだが、まだ売っていた。エンジンは2st50ながらも、触媒の採用である程度の環境性能は持っているようだ(が、触媒は高価な上に寿命がある)。しかし、もっと驚いたのが、こいつをベースにEV化した車体が販売されている事だ。値段は・・・軽自動車一台分と言った所か。まあEVについては後で触れるとして、この光岡のミニカーシリーズの決定的な弱点は、そのデザイン性のなさにある。光岡と言えば、ニッサン車ベースになんちゃってジャガーとか、なんちゃってクラシックカーを作った所で、ロータス7のパクリも売っている。それだけデザインというか、悪い言い方だが、見てくれの重要性で売っていた会社のはずだが、なんだ、このミニカー達は?EVではシトロエンのような波板タイプも売っているが、他のタイプなんて「ゴルフ場のカート」そのものだ。あ、そういう目的で作ってたのか?色々な法的規制があるのは分かるが、魅力的とは到底言い難いデザインをしている。辛うじて戦後ドイツの経済車に似せた車は、コンセプトから言ってもいいんだが、値段があまりにもかけ離れている。確かにパワーがない車でパイプフレームをコンパクトにして、小さいタイヤにアップライトに人を座らせて視界を・・・というのは、正しいのだが、カートを越えられていない。
その点他のEVは、光岡と全く逆の売り方をしている。最近タカラだったかチョロQの大きいようなEVを売り出したのをご存じの人も多いだろうが、あれなんかかなり魅力的だ。完全予約制で、一台結構なお値段がするのに、全て完売したとも聞く。見た目はどっちかと言うとバギー(ヤマハとかが作ってる悪路走行用の4輪一人乗りのスノーモービルみたいな奴)の乗用車版、と言った感じだ。全天候性は確か無視して、ドライバーはフォーミュラーカーの座席みたいな所に潜り込むような奴だと思った。操作系統はバイクに近いのも似ている。全体的に車体を高くして、ドライバーが座る感じを表現しているが、重心が上がって横転を恐れてか、ロールバーがあるのがまた面白い。デザインも確か実車のチョロQ版みたのから、架空の戦隊物のマシンみたな物まで、面白さがある。まあ真面目に作られてないだろう点も感じないではないが、あれはあれで面白いのではないか。またEVのミニカーというのは、ミニマムトランスポートとしてかなり面白いと言える。経済性や静粛性、環境性能などはもちろんだが、排気量ではなくて定格出力で縛られているのだ。この意味する所は、最高出力(=最高速度)に措いては普通自動車に劣るけれど、モーターで低速からトルクがある為に、出足とか俊敏性という街乗り車に求められる性能は充分に兼ね備えられるからだ。光岡のEVの話を信じるなら、その加速は原付きバイク並であるとの事。これはモーターの特性を生かして非常に面白い乗り物になる可能性がある(ま、加速を楽しむと絶対的にはエネルギーを浪費してしまうだろうけど)。あとEVは複雑なトランスミッションを必要としないため、電池を抜かすと非常にシンプルで安価に出来るであろう点も見逃せない。
あと世の中にはEVをもっと積極的に楽しんでいる人もいるとみえ、様々な機種が世界中(と言ってもイギリスとアメリカが多い)から発売されているし、自作している人もいる。あとは大量生産出来るタイプの簡易フレームと軽量バッテリーがあればいい訳だ。フレームに関しては今日の朝日新聞でドイツ版シクロ(輪タク)を紹介していたが、ああいったシェルタイプのフレーム兼荷室のような物に、ドライブトレイン用のサブフレームを入れれば、かなりいい物が出来そうな物だが。でもミニカーが普及すると、絶対事故の問題が出てくるんだよな。
フライホイール雑考
普通の車のレスポンスが鈍いのは、一つにフライホイール重量が重い事が上げられる。RSなんか軽量フライホイールに換える事は有効なチューンらしいし、H&Tが楽になるけれど、それほどネガも出ないらしい。というか、通常のフライホイールの重量設定が明確に間違っているんだろう。まあマツダもまだスポーツカーだけ売っているメーカーじゃなかったし、M2への布石だった可能性もある。それにしても低速で細かいアクセルワークにエンジンがついてこないのは、きっとこの重いホイールのせいだろう。
でもフライホイールは同時にバランサーとしても重要で、エンジン本体だけで振動・慣性がバランスされていない車では必要部品とも言われている。もっとも完全バランスなハズの6発も、その多気筒化の宿命で痩せたトルクの為にフライホイールを積まなきゃいけないし、クラッチプレートとしても必要だろう。ところが、よくよく考えてみると、この説明にはなんか穴がある。下手なドライバーの手助けという視点を抜かして、純正にバランサーとしてのフライホイールを見ると、そんな役目は果たしているのか疑問なのだ。まず走行中を考えてみると、クランクシャフトはミッションのインプットシャフトにクラッチを通して繋がっている。インプットシャフトには各ギア及び、空回りしているカウンターシャフトのギアとシンクロまでくっつている。またシャフト自体はかなりの力でミッションケースに固定(正確には軸ベアリングが)されている。そして、特定のギアと繋がっている時には、当然路面と接するホイールからカウンターギアまでも一律に繋がっている。つまりバランサーなんて必要ないんじゃないか?って事だ。
空ぶかしでクラッチを切っている時は、確かにバランサーかも知れない。でも、そういう時はそもそもトルクをさほど掛けている訳じゃないから、メタルで保持出来るんじゃないか?慣性質量に関しては回転に比例するので、トルクを出していようがなかろうが、振動は出ているはずだが、実走行に差し障る様な超軽量フライホイールでも、空ぶかしが悪くなったという話は聞かない。むしろ、空ぶかしが威勢良かったが、走ったらさっぱりだった、という形のインプレの方が聞く事が多い。
それにクランクのカウンターでキャンセル仕切れなかった振動を減らすという割には、フライホイールは単純な円盤で、振動を積極的にキャンセルする構造には見えない。はずみ車の慣性質量が大きくて、他の慣性が目立たないというだけで、ネガを消したというよりマスクしたようにしか見えない。そもそもフライホイールなんて、低速を使う実用車が重量増加などを嫌ってカウンターバランスなどをしっかり取らない代わりに、運動部品を軽くして実用回転数を下げる為に作ったような仕組みだ。本当に高回転を使おうと思ったら、ピストンやコンロッドも必然的に強度が求められて重くなり、クランクも出力などの影響も受けて高精度でバランスの取れた物になるはずである。実際バイクのエンジンは大きなフライホイールやクラッチなんかないけれど、高回転まで回るようになっている。つまりフライホイールは単純に運動エネルギーを蓄えるだけで、バランスという観点からはさほど貢献していないんじゃないのか?って事になる。もちろん運動エネルギーをならす事は最終的に回転をなめらかにして、バランスがいい事と結果として同じになる訳だが。
ここで思い出すのが、スズキの古いバイク(多分GR650とか言った)の「可変マスフライホイール」である。これはフライホイールに遠心クラッチだかを仕込んで、低回転では重く、高回転では軽くフライホイールをした装置である。なかなか先進的だと思うけれど、コストと性能のメリットが少なかったのか、後にも先にもこれ一台のみの機構だったと記憶している。この機構は、例のバランス云々が大きくなる高回転でフライホイールが小さくてもエンジンが回る事を証明している。
ガイアックス雑考
図書館に以前からあったガイアックスの本を借りて読んでみた。結構新しくて、今年の1月頃の事が書かれている。主にガイアックスに不当に課税させられている事や、環境省の小役人・石油販売店・国会議員が結託して、いかに不正を働いているかなどの政治面での話が多かったのだが、アルコール燃料の環境性能云々を通して、また一歩燃焼の真実に近づいたような離れたような・・・特に環境省の検査結果が適当でミスリーディングしやすい話の最後の方で、オーテック塚田の話が出てきているのは非常に面白かった。でも結論だけ書いても分かりづらいから、不快ながら環境省の強引なねつ造に近いデーター提出問題から説明しないといけない。
アルコール燃料がガソリンに当てはまらない事は以前述べた。炭化水素が半分以上じゃないとガソリンとして課税出来ないらしい。で、国税局は課税出来なかった(ガイアックスは4割が炭化水素)。しかし石油業者は当時の自治省に国会議員を使って軽油として課税させたらしい。なんで課税担当省が代わるのか不思議というか、縦割り行政の弊害だとしか思えないのだが、軽油は地方税だったんですね。で、実際は軽油のカテゴリーにも入ってないが、軽油になっている。アルコール燃料自体は製造コストがかかるので、ガソリンと同額課税だと価格競争力はなくなるが、どんな課税が正しかったのかよく分からない。ガイアックス側も別に税金を払わないと言っている訳じゃないのだが、石油と同じというのはおかしい。信じられない悪法がまかり通っている(プロセス的に)のに驚くが、まあ先に行こう。
石油業者の圧力はその他に自動車メーカーをつかってアルコール燃料が危険であるかのようなキャンペーンを打って、使用した場合は保証を外すなどの強行手段に出た。が、実際この燃料が直接の原因で壊れたとされた車にしても、メーカーが次から改修を加えた箇所だったり、設計自体の問題を感じないでもない。まあメーカーも業者と結託している訳ですよ、所によるけど。具体的に言えないが、某H社に関しては、どうもいい噂を聞かない。物はあの通り素晴らしいのだが、裏がとてつもなく黒そうな話を、まったく別の記事で読んだし、ディーラーを通しての印象もその記事に近い。また、必ずしもガイアックス側が言うように、第一世代アルコール燃料が完全にガソリンと互換であった訳でもないので、過剰な反応は疑われても仕方ないが、メーカーが注意を呼びかける事は分かる。主な懸念はガイアックスがエタノールという割と攻撃性が強い(ガソリンも強いのだが、特定の化学物質に耐性があるシール類も、違う物質には全然無力だったりする)という事だったのだが、そんなの調べればすぐに分かる事だ。もう一つは空燃比の問題で後述する。まあマージンが少ない設計をしていれば、分からないでもない話だが、結局過去の非常に厳しかった頃の車検制度のような「お上とメーカーが絶対正しい」という姿勢から逃れられていないとも言える。
上でアルコール燃料へのメーカーサイドからの圧力がかかった訳だが、あまり効き目が無かったのと、課税の根拠について求められて環境省がやったのは「アルコール燃料が環境に悪い」というイメージづくりだったらしく、この本の争点は結構そのデーター問題にある。私は以前KUREやスズキのグラフは見やすく性能・効果を書いているが、実は見る方の前提条件を利用して過剰に効果を見えるように書いている、と指摘したが、環境省のグラフ製図能力に至っては、完全に犯罪の域に達しているので感心してしまった。私はアルコール燃料は代替燃料の一つという見方で、安い他には好きとか嫌いは特にないのだが(でも、ベンチャーとしては好きか)、ここまでアコギな手段を取られると、環境省は非常に複雑な逆宣伝でもしているのかなあ?と疑問に感じる位だ。
上で空燃比の問題がちょっと出た。実は今回の検査結果で環境省がアルコール燃料が悪いと「文学的表現」であげつらった唯一の問題(と言っても規制値から見ると星5つが星4つになるか?位の数値)はNOxが多かった事である。窒素酸化物とは、空気中の非常に安定した物質である窒素が、高温での燃焼で酸化してしまう問題で、腐食性が強く多分人体にも有害な物質が出来てしまう。アルコール燃料は燃焼温度が高いのか?と考えてしまいそうだが、実はそうではない。それが上で述べた空燃比の問題だ。ガソリンは理論空燃比が14.7で運転されている。当然車のデーターの類も、そういう物を前提に作られている。ところが、ガイアックスはどうも理論空燃比がガソリンより多少濃い(リッチで燃やしても燃え切る)そうなのだ。逆に言えば普通の車に入れるとガソリンで理論空燃比で運転している量を噴射しても、反応量としては「薄い」という事になり、窒素酸化物の量を増やしてしまうみたいなのだ。また場合によってはトルク不足や超高回転の常用でのデトネーションの原因にならないとは言い切れない。不思議な事にガイアックスの理論空燃比が書かれていないが、しかしその差は非常に微弱な物であろう。さらに、この事は制御システムでも代わってくる。例えば私のRSにガイアックスを入れた時には、全然パワーダウン(トルク不足)は感じなかったのだが、それはRSのO2フィードバックは燃料マップ(ガソリンで計算された式)を完全に無視するらしいので、常に燃えるだけ燃やす方向で燃料を噴いているからだろう(厳密には微妙にカロリーは低いのだが)。メーカーによってはデーターを参照する場合が多いので、その時には多少薄くなるかも知れない。が、どちらにせよO2フィードバックが働けば、どのみち理論空燃比の書き換え(学習)は行われる訳で、それがさほど問題になるとは考えづらい。入れてしばらくすれば、基礎データーがリッチ側に動いて高回転でのデトネーションの危険もなくなるだろうし、NOxも減ると思う。
そこら辺はメーカーの制御におぶさっているのは確かである。ただ実際に自動車は海抜0mから標高3000m以上、真夏から真冬、エアクリが詰まった状態なんかで運転されている訳で、その調整範囲内なんじゃなかろうか?メーカーとしては「更に燃料の面倒まで考えてマージン設計なぞ出来るか!」って気分だろうけど。またアンチノック剤と空燃比問題、それに製造コストを考えた新世代燃料も作っているそうなので、これまた古い話になるかもね。
で、凄いナーと感じた肝心の「オーテック塚田」の話に戻ると、オーテックはそこら辺なんかさっさと見抜いてROMをガイアックス用に書き換えてサーキットで使っていた、というのである。昔雑誌で読んだ話だと、チューンドRの燃費に嫌気がさしてハイオクの代替燃料として使い出した、というのが本当の所らしくて、実は環境の敵はアナタだ!って感じなんだが(なにしろ600馬力、700馬力のRでリッター3とか4とかの世界だし)、上の空燃比問題やらアンチノック性やらは当然見抜いて調整していた(当然シールなどへの攻撃性もチェックしているらしいが)訳で、環境省よりマシなのはもちろん、製造元よりも本質把握がすぐれている点もあるとも言える。結局燃料元売りはガソリンに似せる事を考えている訳だが(ガソリンの代替燃料なんだから当たり前だが)、その上の部分で見ている感じがする。チューナー万歳!
で、ガイアックスの他のデーター及び燃費だが、環境省は全然評価していないが、CO(一酸化炭素)、CO2(二酸化炭素)、HC(炭化水素)共に優秀だった。炭素含有量が少ないから当たり前と言えば当たり前だが、燃費が悪ければ結果としてトントンになってしまう訳で、かなり優秀だと言えるだろう。カロリー的には劣っているはずの燃料がここまで優秀な背後には、アンチノック性が上げられる。塚田も言っている事だが、ハイオクよりノッキングしづらいという事は点火時期をMBTに持ってきやすいという訳で、もしアウディ辺りの進角制御エンジンをつかって実験したら、もっと差が開いたかも知れない。もっともMTBAを17%も含むのは、確かに異常とも言える。ベンゼンや鉛ではないけれど、こいつも出来るだけ削除したい添加剤の一つではある。逆に言えばMTBAの割合をもっと落とせばレギュラー相当のガイアックスも出来ると思うのだが。
あとバイクにはガイアックスは良くない、この話はあちこちで聞いたと思う。また給油所でも2stバイク(もしかしたらバイク全般に)給油を断るという話を聞いた気もする。シールへの攻撃性云々というあんまり確証がないデマを抜かすと、性能が下がるという部分に関しては本当なんだろう。実際環境省のデーターはなぜか二輪車のデーターがあって(普通見ないよね、二輪車のデーターなんて、というのは、二輪車には排ガス規制がなかったから、そこら辺考えていたハズがないのだ。つまり悪い結果が見える為にわざわざ乗っけたとしか思えない。その癖絶対ガソリンでは不利になる硫黄酸化物データーは出していない辺りがいやらしい。)、確かに二輪車では車と違う様子が見て取れる。
まず一つはHCの量で、これは自動車だとガイアックスが圧倒的に有利なのに対し、それほど効果が出ていない。また二酸化炭素排出量はガイアックスの方が多い、という結果になっている。つまり燃費というデーターで見ると、二輪はかなり悪いのだ。なんでか?この点について、どっちもあんまりコメントしていない。それにどんな二輪なのかさえ書いてない。ハーレーなのかカブなのかタクトなのか?二酸化炭素量を見ると恐らく250〜400ccの4stエンジンだろうとは思うが。どうせバイクなんて路上ののけ者扱いなんだろうけど、一応考えてみよう。
バイクの特徴としてはキャブである点がまず上げられる。適正な空燃比になってないのだ。低速トルクが薄くてスロットルを開けて高回転を使えば燃費が悪くなるのは当然だろう。だからアルコール燃料を入れる際に適当に濃くセッティングしないといけない。確かにこれは一般に薦められる方法ではないだろう。ただそれだけで、そこまで燃費が悪くなるか疑問もある。環境省がよっぽどセッティングを詰めたならとにかく、普通はバイクだってマージンを取って濃くなっている。薄い方向ならパワーは出ているはずだ。また2stで特に調子が悪いという事を考えると、問題は別なのではないか?という気がしないでもない。
ひとつの可能性はオイルとの混合性である。アルコールよりガソリンに溶けやすい物質があるか知らないが、まあそういう事もあり得る。でも4stとの絡みで考えると、むしろ気化性能じゃないか?という疑問が出てくる。キャブ自体も低速などの細かいセッティングが苦手という事もあるが、他にも霧化性能がインジェクションより悪いと言われている。充分に気化した状態でガイアックスはガソリンと同等なのかも知れないが、低温での気化性能はどうなんだろう?という気がしないでもない。普通の車だと吸気行程でインマニの熱や燃焼室の熱で、ある程度の液体は気化する(し冷却として利用している)のだが、キャブで霧化しづらい上に2stはエンジン温度が低い。それは、あんまり高いとクランクケース内で1次圧縮を加える際に膨張してしまい、充填効率が落ちてしまうからだったと思った。まあ圧縮も低いし、掃気ポートとかヘッドとかも高温になる部分が低いのもあるだろうけど。4stの適温が80度前後だとすると、2stは60度近辺が一番パワーが出るらしい。もっとも、普通のストリートバイクがそこら辺で制御されているか知らないけれど。そういうエンジンに気化特性が悪い燃料を使えば、燃焼が悪いとか、ますます薄いという結果に繋がるだろう。あと4stにしてもバイクのインマニは比較的短くて、低速だと気化が充分でない可能性は感じる。高回転だとストレートポートなどが生きてくるのだが。そこら辺がガイアックスの二輪試験の結果の悪さに結びついたのではないか?と考える。本来ならクランクケースで暖める分2stの気化はいいらしいが、そこで気化しない燃料が多いとカブリの症状が消えないらしい。
あとこの研究を通して、プラグやマフラーの汚れについても一つの発見をした。以前「べったり系のスス」「かさかさのスス」「茶色いスス」という風に、汚れで具合を見分けていた。べったりしていて、分厚いススはオイルが燃えてたか、よっぽど空燃比が濃い状態で、非常に悪い燃焼状態だ。空燃比が濃いから、水素より燃えづらい炭素が蒸し焼きになって、HC状態やカーボン同士の結合で出てくるのだろう。かさかさのススは、それよりは燃えているだろうが、まだ不完全燃焼気味である。で、調子がいいと、このススが段々茶色っぽくなる。これが進めば汚れがなくなる、そう思っていた。実際調子がいい時のプラグ外縁部はかすかに茶色っぽい。てっきり炭素が薄くなるからそうだと思っていたんだが、実はあれがNOxなんだそうだ(茶色いススが全てNOxとは言わないが)。ガイアックスだと酸素が余るので、と説明されているが、ガソリンの場合はなんと言っても燃焼温度が高いと出る、という事になっている。もちろん出力空燃比より濃ければ燃焼温度が落ちて、あまり発生しなくなるし、逆に理論空燃比を大きく下回るほど薄くても燃焼温度が下がって発生しなくなる。つまり空燃比で13〜16程度の時に比較的発生しやすい物と推察される。ま、自動車の場合三元触媒があるので、NOxはHOと反応して窒素と水になるはずだけどね。つまり茶色いススは空燃比が段々濃くなって、燃焼温度も上がってますよ、というサインで、大まかには合っている事になる。レースだと絞りすぎれば問題だが、街乗りだといい傾向だろう。
しかし、RSは本来空燃比はフィードバックとマップの電子制御で、それらが壊れてなければ、ススの質に違いが出るはずはない。設計時点で多少のススの存在は不可避とされているが、オイルを換えた事で茶色いススが出る意味は別の所にあるのだろう。それは、なんと言っても圧縮比である。結局空燃比がいくら詰められていても、ゆっくり燃やしていれば大気の中で燃やしているのと変わらない。あれだけ周辺に大気があるにも関わらず、ガソリンで野焼きをすれば黒煙が上がる。圧縮が上がる事で密度が上がり燃焼速度が上がり、燃焼温度が上がる事で初めてNOxが発生するようになる訳だ。また茶色いススが出ているから安心でない事も分かった。
しかしNOxは、触媒なしだとある意味理想の燃焼の副産物にも近い。炭素と水素がちゃんと燃えればあるいはNOxは発生出来ないのかも知れないが、上の発生要件はまさに理想燃焼そのものだからだ。またバイクのプラグの方茶色くなりやすい事も、この関係で分かる気がする。自動車は圧縮比が低く、理論空燃比で運転している為に、NOxが燃焼室内でも発生しにくく、逆にバイクはばらつきがある制御で圧縮が高いからだ。ただNOxはかなり水溶性が高い物質と聞いているので、自動車でも発生してから水に溶けて発散している可能性はある。ススとして見える形であるという事は、多分HCと結合して、そうなっているのではないだろうか?
CBX125F復活計画
以前タペット取った後ヘッドのオイル漏れを修理しないまま、GSXへの乗り換えでほとんど乗らなくなってしまったCBX。当初換金しようかと思ったのだが、結局敷地の片隅でホコリをかぶっていた。まあこれからも乗る予定もないのだが、家の増築で多少移動させなくてはいけなくて、引っ張り出した時に多少メンテしないといかんな、と思い一応走らせられる状態にする事に。あと永年寝かせたバイクを起こす人にも参考になるかも。このバイクが1年ぐらい寝かせてあります。一応屋根の下に置いてあったんですが、カバーがなかったので、結構ホコリがついています。タイヤ空気圧は2.25kgの所、0.5kgもありませんでした。
まず行ったのがチェーンの清掃です。GSXで使った道具があったし、油がホコリを呼んでかなりジャリジャリです。こいつのチェーンはしかし、全く伸びてませんな。車重が軽くてローパワーにしても、調整シロがまるまる残ってます。あとクリップ式で、交換も楽そう。まず灯油を回して歯ブラシでこすりますが、どうも細かい砂が多くて取り切れません。こいつらが摩耗を早めるので、徹底的に取りたい。そこで洗剤を使って水洗いをしました。これなら多少飛び散ってもいいし、大量に掛けられます。うん、異物感はかなり減ったぞ。それからGRP入りオイルを塗ります。チェーンオイルとして使うと結構減らない物ですねえ。タイヤを回すとオイルを塗った時に多少重くなりましたが、最初よりはずっと軽い。
次に行うのはバッテリー充電です。これはポジションランプの調子から「早く外さないといけないなあ」と思っていたんですが、面倒で先延ばしにしていたら、スッカラでした。電解液を覗いても文字通りスッカラ、電圧は5Vです(12Vバッテリー車です)。本来なら死んだバッテリーですが、ダメもとで補充電に掛けます。これでクレのバッテリーブースターは使い切りました(ちゃんと補充液もつかってです)。これだけ干からびたバッテリーに充電出来るのか?と思ったんですが、1時間時点で10V程度入っています。ただ容量が充電器より圧倒的に小さいので、空っぽにも関わらずバッテリーメーターは満タン付近をうろうろしてます。どういう理屈で動いているのか、今一分からない。電気抵抗なんですかね?
差し当たって今日はこれまでですが、あとキャブを分解、燃焼室を洗って、オイル交換までやるつもりです。当然ですが、オイル漏れも直さないといけないし。更に先のメンテ計画ですが、CBX125Fには次のような問題点があります。まず夏はタレやすく、冬は不安定なアイドルになる冷却系の改善です。空冷の特性ではあるんですが、以前のメンテはそれを充分フォローしていなかったのも気になります。まずオイルですが、夏はもっと固いオイルにするべきでしたね。逆に冬は柔らかくして、同時にシリンダーヘッドへの風当たりをテープかなんかで防ぐべきでした。本来はオイルクーラーが必要なんでしょうけど。このバイクの潤滑系統はGSXと同じでフィルターの後、ヘッドへとクランクメタルへ別れています。純正がどちらを冷やしたのか興味がありますが、GSXは意外な事にメタルの方に冷えたオイルを送っています。本来高温になるヘッドを冷やすべきでは?と思う訳ですが、実はヘッドの方へのオイル循環量は結構あるので、メタルの方こそ温度管理が重要だそうです。ま、冬は冷えすぎなので、心配要らないですけど。
あとはフロントフォークのスプリングがまだ弱い問題ですかね。本当はパワーアップもしたいのですが、このバイクは本来のパワーを出せればその時点でかなりのハイチューンと言えます。125ccで17馬力は、リッター辺りで136馬力にも当たり、これ以上のチューンは厳しいでしょう。が、噂だと130km内外は軽く出るハズのエンジンにも関わらず、こいつは今一パワーが出きっていません。ポイントは恐らく圧縮低下かなんかでしょう。これは圧縮計で計ってみる予定ですが、基準は13kgと結構高いです。圧縮比自体は11で、これもかなりきついですね。カムについては、RFVCという非常に凝った機構がついているけれど、おとなしい作用角です。IN.EX共に230度しかありません。まあ125に264カムとか入れると、本当に厳しいバイクになりそうですけど、結局そういうバイクにならざるを得ないんですが。使用限度は載ってないんですが、ほぼ同スペックのGSXが8kg前後という事を考えると、やっぱりそこら辺が限度だと思われます。あとはモーターアップが余ってるので、実験台が欲しかったような。そこら辺はまた報告出来ると思われます。
油冷のタペットが広めな訳
以前理由は分からないが、油冷はタペットが広めがいいらしい、って話を書いた。ちょっとでもタペットを詰めた方がカムの有効面積が広がるのに、不思議だったのだが、こんな事なのか?って事が分かったのでとりあえず。タペットは普通の水冷エンジンで温間に0.05mmほど狭まるらしい。色々な部品が熱の影響で動く訳だが、シリンダーヘッドに関してはバルブの伸びよりヘッド(のカム取り付け面とバルブ座面との間)の伸びの方が大きいらしい。その差が0.05mmという訳だ。基準タペットが0.1mmなので、温間に0.05mmになったら、それはそれで結構な事じで、マイナスじゃなきゃいいのだが、油冷の特殊事情がある。油冷のヘッドは結局オイルクーラー付き空冷と同じ訳で、温度は割と高い。どの位とは言えないが、水冷より高いのは間違いないだろう。という事はバルクリが広がる可能性はもっと大きい訳だ。更に言えば、750も1100も同じガワを使っている、巨大なヘッドを持ち、バルブ挟み角もロッカーアームを使う事で狭めていて、カムとバルブ座面間は単純な直押しタイプより広い。つまり熱膨張差が出やすいヘッド構造と言えるだろう。それでもタペットが常に開いているようにでもならなければ、単にハイカムになるだけなんだが、カムは結構捻れたりしているそうで、ギリギリのクリアランスだと接触程度は起こすらしい。すると摩擦抵抗の増加、という形でもパワーロスになる。そんな事なんじゃないか?と思った。まあバイクのエンジンは元々高性能化しているから、下手にクリアランスで稼がなくてもメーカー基準値内でいい数字が出るって事でしょう。
メネデールの正体
以前熱帯魚の水草育成に「メネデール」という怪しい肥料らしき物が良かった、と書いた。肥料らしき、というのは、これはハイポネックスのような有機肥料じゃなくて、成分表だと二価鉄と書いてある(実際には液肥も使えるが、藻類が大発生して収拾がつかなくなる事が多い)。なんで鉄の水溶液が肥料になるのか分からなかったのだが、こいつが結構効果があったので「植物も鉄分を欲しがっているのかな」程度に考えていた。ところがとある水の本を開いていて、なんだ、そういう事なのか?という関連が分かった。が、その本の内容がやや「電波」なので、私にはその正否は分からない。
その水はパイウォーターという、けったいな名前のいわゆる健康水なんだが、他にも産業で使われたり、おきまりのミラクル万能薬として書かれている。でも一応矛盾する要素はない、と思う。で、この発見の経緯の説明が、ある植物ホルモンの研究に関連していた。それは「フロリゲン」というホルモンで、知っている人もいるかと思うが、仮説として予測されたが未だ見つかっていない「幻のホルモン」らしい。植物ホルモンは極微量で植物細胞に働きかけて特定の方向に分化・成長させてしまう物(成長ホルモンとかあったような)なのだが、花が咲くならホルモンがあるハズだと思われたにも関わらず見つかっていない。そういうホルモンがあれば難しい花でも栽培が可能になるので期待されていたらしいが、この研究自体も結局「失敗」だったと言っていい。が、ホルモン研究の過程で生体の水の特性を調べていく内に、鉄がどうも深く関係している事が分かり、その研究が進んでしまった物らしい。
水に溶けている訳だから、その鉄はイオン状態になっているらしいのだが、鉄には二価鉄と三価鉄がある。赤錆・黒錆という形でおなじみだが、鉄は単独の原子状態では安定せず、分子状態を作るので、その形がなんかあったように思う(実際には失った電子の数が2か3かという事らしいが、結局その分他の原子と結合しやすくなる度合いが代わるので、同じ事だと思う)。黒錆が水に溶けるのか?と思ったのだが、今度は健康食品の方でこの鉄の違いがクローズアップされていた。植物に主に含まれるのは三価鉄で、実は吸収効率が悪いらしい。大体3〜5%と言うから、いくらほうれん草が多量の鉄分を含んでいても全然吸収されていない。二価鉄の方は動物性(多分タンパク質と一緒に取るんだろう)で、吸収効率が15%〜30%(ただ、30というのは多すぎな気がする)と書かれている。で、二価鉄の方はヘム化してあるから吸収が云々書いてある。ヘムってのも生物の時間に葉緑素がなんかで習った気がするんだが、ちょっと忘れてしまった。
じゃあ鉄の生体内での働きだが、酸素を運ぶとか知られた機能の他に、面白い論文を発見した。それによると、二価鉄はそのヘム結合していない方(多分分子構造の不安定な部分の話だと思う)が、生体内のガスに合わせて情報伝達を行う云々とある。本来酸化を進めやすい鉄イオンは生体内でフリーラジカル生成を促進しやすい困りものなんだが、実際には2価として取り込んだ鉄を3価としてから色々な処理を通して安定化が出来るとあるが、実は2価では2価の役割があるようだ。
話を戻すと、メネデールの説明は「光合成の促進」と「ホルモンの効きを良くする」とあるが、それは鉄イオンの情報伝達云々にあるんじゃないか?という事になるかも。逆にパイウォーターの先生の話を取ると、宇宙エネルギーがパイウォーターを通して利用出来るからという、分かったような分からない話になるんだけど、なんか面白い所で研究が実用化されているのは面白い。もしかしたら、パイウォーターとやらの農業部門でのブランド名がメネデールなのかな?と思わないでもない。ちなみにヘム化鉄(二価鉄?)は、南部鉄器などで沢山溶出するらしくて、健康への効果が色々言われている。
追記:最近「あるある大辞典」でこんな話題をしていたそうですが、話の正確性を期す為にはああいう話題も見ないといけないと思いつつ、ちゃんと見ませんでした。というのは、テレビの健康番組(伊藤家も近い時がある)や科学番組(匿名リサーチ200XとかUSOジャパンの一部とか)って、不要に議論を引き延ばしている時が長くて、見ていて「視聴者を馬鹿にしてんのか!」って思う時があります。それこそ小学生の教育番組より長く、同じような話を無駄な解説や図解を入れてやってます。本来なら、その話題はもっと詰めて話すべき話題があるハズですが、くだらないスタジオゲストのトークに時間を割いて、肝心の解説は3分で充分に要約仕切れる量しかありません。本で読めば1分の事を60分に引き延ばしているので、アホらしくて見ていられません。
最近の北朝鮮に関して、二つほど報道を見た。一つはドイツ人医師が見てきたという酷い飢餓状態と不衛生な世界、もう一つは韓国に送り込まれた「美女軍団」がピョンヤンで楽しむゴルフゲーム。で、私が感じた事、それは「美人はどの世界でも得をしている」。ただ北朝鮮の「美女」の方向性というか好みは、なんか古風ですよね。あそこに「安室奈美恵」とか「中森明菜」とか「YOU」とか、微妙だったりやさぐれた感じの人がいないし。まあどちらにせよ、独裁国家の圧政の下でも、政策的にせよ、美人は優遇されるよう生まれているのです。というか、最近よく読んでいるサイトが、なにをトチ狂ったのか「非モテの恋愛論(実際にはモテてないので、恋愛以前の話なんだけど)」という非常に痛い文章を飽きもせず書き続けているので、「ああ、そういう見方も出来るんだなー」とか「そこまで言ったらホメ殺しだろ」と考えさせられている訳です。単純に美人だとモテるのか?とは思う訳ですが、やっぱり美人である事のメリットはとてつもない、と先の報道を見て思い直しました。
ところで上でも書きましたが、美人の基準は微妙です。なんか先日アフリカで美人コンテストをしようとしたら暴動が起きた、とかニュースで言ってましたが、あの種のグランプリなりエントリーを見ていても、「それほど騒ぐ問題か?」って気もします。昔タイムズだったかが、美女のモンタージュを作って最高の美女の映像を作ろうとしたが、どんな混ぜ方をしても平凡かむしろ悪い顔になってしまったそうです。その話は「美人の顔はバランスだ」とか「全部が特徴的だとダメだ」とかの寓話かと思っていたんですが、混ぜる前からそんなに魅力的か?って気もします(そんな事書くと、ドカドカから「お前は自分の顔を鏡で見てから言え!」とか突っ込まれるんですが)。モナリザ?ただの中年オバサンでしょ?それにアングロサクソン系とアフロアフリカン系とヒスパニックとアジア系なんて、統一の尺度で測れるの?って気もします。なんかユニバーサルな魅力を身につけようと、ベースを無視した改良を行って、みんなある方向を向いているようには見えますが、その方向に美人があるの?という顔ばかり(というか、ヨーロッパ上流社会的基準が強そうだ)。ああいう顔が良ければ多分私でも審査員になれますよ。
ただ美人が得をしている、という事実は厳然として存在します。ある程度の嗜好の誤差はあるとしても、なんらかの特質があるに違いないし、好かれるべき合理的理由があって欲しいとも思います。それを顔の個々の造形に求めるのは難しい、とタイムズの例が示していますが、バランスという可能性は捨てきれないし、非常に重要なファクターです。南方録だったかの墨引には利休が細心の注意を払って手前道具の配置などを決めた事が示されていますし、西洋の画法も黄金比率とか様々な幾何学的なバランスを重視しているそうです。顔という区切られた空間に様々な要素をバランスよく配置して行くのがコツなんでしょうか。バランスの失敗例も福笑いを見れば分かります。だから、まずバランスというのはベーシックな部分で重要だとは分かります。
個々のパーツへのこだわりは文化で変わります。良く小説で人物描写がどこから始まるのか、という比較文化研究を聞きますが、シャーロックホームズなんか見るとイギリス人が「アゴ」とか「額」とか「唇」とか、日本だと必ずしも注目されない部分を見ているのに驚きます(というか小説の中だと、意味するところが分からず退屈)。日本では最近は特に目への感心が高くて、化粧品でも目に関連する物が売れているそうな。クレオパトラの鼻があと3センチ低かったら、歴史が変わっていただろう、という話も聞きますが3センチも伸びてりゃピノキオです。日本人は鼻筋が通った美人とか言いますが、実際の所団子っ鼻でもなければ鼻が高い必然性はないようで、美人画とか見てもあんまり鼻が高い人は少ないように思います。
そういう細かいバランスとか個々のパーツの話としては、うっすらとですが、以下の特性があるのかな?と思います。それは「生命力」です。いきなり抽象的になった?でも皆さん美人と歳という問題を無視しがちです。確かに歴史を振り返れば歳喰っていたけど美人、という例がない訳でもありません。スペインのなんちゃら女王(大航海時代の有名な人)は、かなり歳を取ってからも王様と結構したりしたとありますが、ローズマリーのフロに入って若返りに務めたと言いますし、他にも年寄りで美人な人は魔女がかった若返りの方法をしていた例が多い。逆に若い時の美女も歳を取ったら隠棲してしまった、という話もあります。小野小町なんか典型ですし、女優にもそういう人いますね。もっと言えば「鬼も18、茶も出端」ということわざは残酷な程、そういう事を示しています。よく「腐っても鯛」という言葉がありますが、美人に関しては「老いてはキリンも駄馬になる」です(一応言い訳して置きますが、これは非常に表層的な形姿上の話で、人間的魅力云々とは関係ないです。老いてもなお綺麗という人はいらっしゃいますし)。実際若いアイドル(特に最近若年化が激しいが)を見ると、欠点をいくらでも指摘出来ますが、それを魅力に出来るのも事実です。
でも生命力って外から見えるか?ですが、簡単には見えないと思っていました。同じ場に居ればあるいは伝わるのかな?と思いますが、静止画像で見えるかどうか?ただ最近昔はさして気にも止めなかった事が気になるようになりました。それは肌(特に顔だろうけれど)です。一般に白い肌とか、きめ細かい肌というのが評価されているのは知っていましたが、必ずしもそうでもない美人がいるし(そんな事言ったらアフロアフリカン女性は美女コンテストにまず出られないだろう)、おしろいで白くして美人かどうか?と考えると、美白美人っていうのは私の中で一昔も二昔も前の美的基準だと思ってました(あと「黒髪」ね)。でも肌というのは顕著にその人の健康状態、ひいては生命力を示すように思えて来ました。もしかして美人の基準はいかに遺伝情報を充分発現させて健康状態にあるか、そういう事じゃないのか、と。
肌というのは決まった形がありませんが、どの顔も持っています。そしてそこから人は無意識の内に多くの情報を受け取っているようにかんじます。例えば相手の機嫌を知るのに「顔色を伺う」ということわざがありますが、皮膚の交感神経の働きで血行が変わる事から相手の緊張の度合いが分かったりする訳です。今はその技も廃れましたが、東洋医学では患者の状態を見るのに「脈」と「肌」は非常に重要だったそうです。それを逆に意識してか、女性は肌のコンディショニングに気を遣った事は想像出来ますし、男性でも「毎日冷や水で顔を洗うといい」という話が葉隠れの中に出てきます(しかし、これは「首を切られても涼しい顔で居られる」という話ですが)。肌には若干劣りますが、髪も同様です。平家物語だったかで、白髪を染めた武将の話が出てきますが、髪にも年齢が多分でやすいんでしょう。
この二つが健康に見える位にすれば、あなたも美人・美男子に、という保証はしかねますが、少なくとも健康である事は周囲にいい影響を与えるようです。ここで言う健康は単純な身体的なそれだけに限りませんが、世間に受ける美人はすべからくこの特性を備えていると思います。美人だからそういうケアに気を遣うんだろ?と思われるかも知れませんが、例え他の部分が美人の範疇にあっても、芸能生活なんかでやつれて来ると、てきめんにそういう物が顔に出て、大抵周落して行きます。逆にパーツはさほどでもないけれど、そういう部分だけで上昇している人もいます。不思議な物で、いくらメイク技術が進歩しても、そういう部分のアラというのは隠しきれないように感じます(でも最近のメイクはかなり進化したようには感じるわ)。あと美白とキメですが、どっちが重要かと言われればキメです。上でも言いましたが、遺伝的に黒い肌でも綺麗な人はいます。確かに秋田美人に代表される白肌は美人の条件のように言われますが、最近無くなった美白の女王なんかは私の美人の範疇には入りません。じゃあなんで昔から白い肌がもてはやされて来たのか?それは白はキメが細かいように見えるという、視覚上のトリックでしょう。「笑っていいとも」で女装した芸能人を当てるクイズを見れば分かりますが、おしろいを塗りたくっただけだだと作り物に見えてしまう肌も、同時に露光を飛ばし気味にしてハイライトを飽和させてしまえば「本物」と見分けが付きづらくなります。また健康という概念から考えても、皮膚ガンや染みは別として色がある事は不健康にはならないが、荒れた肌は不健康そのものです。
じゃあ健康そうな事が、いかに人に影響を与えるか?という点と、健康の本質とは?という部分なんですが、まだ未完成な部分なんで止めます。多分ここで簡単に書ける事じゃないだろうし(しかし原則は大抵シンプルな物です)。こうして見ると、なぜピエタ像なんかが大理石なのか、とか男の顔は別の要素があるのか?とか色々考えが広がります。
幽霊はいつ出る?
日本だと幽霊というのは一般には春先から夏に出て、真冬はお休み、というのが「伝統的」だと思う。もちろん真冬の山小屋の怪談とか、最近の季節がない都会で出る幽霊もいるだろうが、昔から怪談は夏の涼を取る為(本当にそういう目的でやってる人はいないだろうが)と、お盆前後のテレビの空きを埋める特番みたいなモンである。ところが、海外では幽霊・物の怪の類は冬の特産品という所もあるらしい。あるオーストリア在住2*才独身男性に話しを振ってみた所「真夏は過ごしやすいし、夜が短い。自由に動ける外があるのだから、外に逃げればいい」と言われてしまった。幽霊が外で逃へ逃げる類の物なのか分からないが(バイオハザードじゃないんだし)、確かにあんなに平和で過ごしやすくて短い夜を、幽霊なんぞに潰されたくない、というのはあるだろう。なにしろ7月ともなれば、10時過ぎても日照がある訳で、お月様の位置に浮かんでいる太陽の下で幽霊の活動なんかが出来るのか疑問である。どうせなら「シャイニング」ばりの、真冬の洋館辺りで活躍したい物だろう。
しかし、幽霊が夜中にしか出ない、というの最近では怪しくなって来た。彼らが夜行性であるかのような伝承は、ひとえに「夜中は物が良く見えない」という暗闇の本能的な恐怖による所が大きく、別に昼間に出ちゃいけない訳じゃない。私が知る限りでも、昼間の怪談は結構あるし、夜中しか幽霊が出られないなら、心霊写真は全てフラッシュ焚いて撮らないといけないが、そんな事はない。ただ暖かな秋の昼間の幽霊は、怖さ半分親しさ半分という感じがあるのか、怪談にしてもしんみりさせる「菊の誓い」みたいな物しか思いつかない。